リョコウバト

空を覆いつくした鳥：リョコウバトの栄光と悲劇

リョコウバト( Ectopistes migratorius)は、かつて北アメリカ大陸東部をその生息域としていたハトの一種です。その名は、長距離の渡りを行う習性から来ています。体長約40cmのこの鳥は、オスは青灰色の頭部とバラ色の腹部、黒いくちばし、赤い脚を持つ一方、メスはやや地味な色合いでした。

しかし、リョコウバトの真の驚異は、その圧倒的な数にありました。19世紀初頭には、50億羽もの個体数が生息していたと推定されています。巨大な群れを形成し、その移動は壮観を極めたといいます。ウィスコンシン州では、850平方マイルに1億3600万羽ものリョコウバトが営巣していた記録が残っており、ケンタッキー州では22億3000万羽以上の群れが確認されたという推計もあります。博物画家ジョン・ジェームズ・オーデュボンは、3日間に渡り空を覆うほどの群れを目撃したと記録しています。その糞は雪のように地面を覆い、止まり木は鳥の重みで折れ曲がるほどだったといいます。

人間の欲望による絶滅

リョコウバトは美味な肉を持つ鳥として知られており、そのことが悲劇の始まりでした。ヨーロッパからの入植が進むにつれ、商業的な狩猟が盛んに行われるようになりました。先住民たちは、繁殖期には狩りを控えるなど、持続可能な利用を心がけていたのに対し、白人入植者たちは無制限にリョコウバトを狩猟しました。電信の発達により狩猟の効率は上がり、肉だけでなく、羽毛も利用されたため、乱獲はさらに加速しました。

1878年にはミシガン州で10億羽近い群れが発見されましたが、これもすぐに狩猟の対象となり、「パトスキーの虐殺」と呼ばれる惨劇が起こりました。1890年代にはその姿はめっきり少なくなり、保護の動きも出始めましたが、時すでに遅しでした。

リョコウバトは繁殖力が弱く、一度個体数が減少すると回復が困難でした。年に一度、一腹一個の卵しか産まないという繁殖特性が、絶滅を招いた大きな要因の一つです。加えて、生息地の森林伐採も、個体数減少に拍車をかけました。

1906年に最後の野生個体が狩猟され、1914年9月1日、シンシナティ動物園で飼育されていた最後の個体マーサが死亡したことで、リョコウバトは地球上から姿を消しました。マーサの標本は現在、スミソニアン博物館に収蔵されています。

絶滅からの復活を目指す試み

近年、マーサの標本からDNAを抽出し、リョコウバトを復活させようという試みが進められています。かつて空を覆いつくすほどの群れをなした鳥の復活は、科学技術の進歩と絶滅種の保護に対する意識の高まりを象徴する出来事となるでしょう。リョコウバトの絶滅は、人間の活動が自然界に及ぼす影響の深刻さを改めて私たちに突きつけています。この教訓を未来に活かし、他の種々絶滅を防ぐために、私たちは今何をすべきかを真剣に考えなければなりません。

参考文献

今泉忠明 『絶滅野生動物の事典』 東京堂出版、1995年
今泉忠明 『絶滅動物誌 人が滅した動物たち』 講談社、2000年
黒川光広作、今泉忠明監修 『帰ってこない動物たち 人間が絶滅させた動物たちの記録』 ポプラ社、1994年
ロバート・シルヴァーバーグ、佐藤高子訳 『地上から消えた動物』 早川書房〈ハヤカワ文庫NF88〉、1983年
* プロジェクトチーム編、WWF Japan監修 『失われた動物たち 20世紀絶滅動物の記録』 広葉書林、1996年

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