ルーマニア民俗舞曲

ルーマニア民俗舞曲 Sz.56

バルトーク・ベーラの作曲した《ルーマニア民俗舞曲》（Sz.56）は、1915年に書かれた全6曲からなるピアノのための小品集です。この作品は、バルトークがルーマニアでの民謡採集において最も協力を得た友人、イオン・ブシツィアに献呈されました。作曲者自身の手によって、1917年には小管弦楽版（Sz.68）も作られています。

原題は、ハンガリー語で「Román Népi Táncok」、ルーマニア語では「Dansuri populare românești」、ドイツ語では「Rumänische Volkstänze」、英語では「Romanian Folk Dances」と多様な表記があります。

初演は、《トランシルヴァニアのルーマニア民俗舞曲》という名称で、1920年1月16日に当時ハンガリー王国領であったコロジュヴァール（現在のルーマニア領クルージュ＝ナポカ）で行われ、ピアニストのピロスカ・ヘヴェジが独奏を務めました。

作品の特徴

この組曲は、当時のハンガリー王国の一部であったトランシルヴァニア地方でバルトークが採集した民謡の旋律に基づいています。採集された民謡は、その原型である旋法的な特徴を保持しており、バルトークはこれらを素材としながらも、彼独自の個性的な和声を用いることで、ありふれた民謡に新鮮な響きと新たな生命を吹き込んでいます。バルトークの民謡編曲作品は、単なる旋律の借用にとどまらず、民俗音楽の持つ精神性を自身の音楽語法の中に消化・融合させている点にその価値があります。

演奏には、楽譜に厳密に記された技術的な正確さに加え、民俗音楽特有のリズム感や情緒といった、楽譜には表れにくいニュアンスを読み解く高い音楽的感性が求められます。

本作の親しみやすい旋律と演奏時間の短さは、バルトークの数ある小品の中でも特に高い人気を集める理由となっており、国内外のコンサートにおいてしばしば演奏される機会があります。ピアニストとしても活躍したバルトーク自身も、しばしばコンサートでこの曲を演奏していました。

バルトーク自身が編曲した小管弦楽版もまた、原曲の民俗音楽的な要素をより豊かに表現しており、現在では小規模オーケストラの重要なレパートリーの一つとして定着しています。さらに、バルトークと親交の深かったヴァイオリニスト、セーケイ・ゾルターンによるヴァイオリンとピアノのための編曲版（1926年）をはじめ、アーサー・ウィルナーによる弦楽合奏版や管楽アンサンブル版など、様々な編成への編曲が存在します。

構成

組曲は全部で6つの部分から成り立っていますが、実際には7つの異なる舞曲の旋律が素材として使用されています。楽譜では、ルーマニア語の舞曲名が併記されていることが多いです。

1. 棒踊り（Jocul cu bâtă）
採譜地：Voiniceni。Allegro moderato、イ調。力強くリズミカルな舞曲です。

2. 帯踊り（Brâul）
採譜地：Igriș。Allegro、二調。素早いテンポの帯状に連なって踊る舞曲。繰り返しの際にオクターブを加えて演奏するピアニストもいます。

3. 踏み踊り（Pe loc）
採譜地：Igriș。Andante、ロ調。その場を踏みしめるように踊る、比較的穏やかなテンポの舞曲です。

4. 角笛の踊り（Buciumeana）
採譜地：Bucium。Moderato（一部の版ではMolto moderato）、イ調。Buciumはトランシルヴァニアで使用される角笛の名前で、その音色を模したような旋律が特徴です。繰り返されることもあります。

5. ルーマニア風ポルカ（Poarga Românească）
採譜地：Beiuș。Allegro、ニ調。チェコのポルカのリズムが影響しているとされる、リズミカルでユニークな舞曲です。バルトークは、8拍を単位とするフレーズを律儀に2拍子と3拍子の交替で記譜しており、興味深いリズム構造を持っています。元々は村の青年によるヴァイオリン演奏に基づいています。

6. 速い踊り（Mărunțel）
採譜地：Beiuș, Neagra。Allegro - Piu allegro（管弦楽版ではL'istesso tempo - Allegro vivace）、イ調。この最終曲は、それぞれ異なる場所で採譜された二つの関連性のない舞曲を組み合わせたメドレー形式を取っています。この構成は、バルトークの他の作品（例：《15のハンガリーの農民の歌》）にも見られます。テンポが速く、次第に加速していきます。

演奏時間と広がり

ピアノ版の全曲演奏時間は、第6曲の楽譜の脚注によると約4分15秒とされています。これは各曲の合計時間とは一致しませんが、おそらく曲間のポーズなども含めた目安と考えられます。バルトーク自身の録音では4分47秒かかるなど、演奏によって時間は多少変動します。管弦楽版のスコアでは約6分と記されています。

素朴な素材を活かしたこの作品は、その魅力ゆえに現在も多くの編曲や引用が行われています。特に、最後の2曲は日本のテレビ番組のBGMとして使用され、聴衆になじみ深いものとなっています。また、日本の音楽ユニットによる楽曲の中に第1曲「棒踊り」の旋律が引用されるなど、ジャンルを超えてその影響が見られます。

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