ルー・フィン・チャウ

ルー・フィン・チャウ（Lưu Huỳnh Châu、漢字表記：劉瓊珠、1966年 3月23日 - ）は、中国系ベトナム人の背景を持つ元アイドル歌手です。激動の時代に祖国ベトナムから日本へ渡り、テレビのオーディション番組をきっかけに歌手デビューを果たした、そのユニークな半生は多くの人々の記憶に残っています。彼女は1966年、ベトナム共和国の首都サイゴン市（現在のホーチミン市）で生を受けました。

幼少期と過酷な離別

チャウの家庭は、芸能と深く結びついていました。父親はサイゴンの著名なクラブ『マキシム』でショーの演出を手がけ、母親はその舞踏団に所属する女優でした。幼い頃から華やかな芸能の世界に触れ、稽古の様子を見たり、父親が制作した映画に子役として出演したりするなど、自然と表現の世界に親しんで育ちました。しかし、彼女が9歳の時、運命が暗転します。母親が舞踏団の日本公演のため先に日本へ渡った直後の1975年4月、サイゴンが陥落し、ベトナム戦争が終結。故郷への帰還が不可能となった母と、チャウは父や弟と共に分断されてしまいます。この母娘の離別は、実に4年4カ月以上に及びました。

難民としての脱出と日本への旅

統一されたベトナムでは、中国系住民に対する弾圧が強まっていきました。13歳になったチャウは、生きる道を選び、父と弟と共にボートピープルとして祖国からの脱出を決意します。その道のりは想像を絶するほど厳しく、航海の途中、タイの海賊に二度も襲われ、金品を略奪されるという恐ろしい経験もしました。幾多の困難を乗り越え、彼らはマレーシアのクアラルンプールにある難民キャンプにたどり着きました。そこで日本の調査団が訪問した際、チャウたちは日本への受け入れを強く希望します。そして1979年8月、当時の日本における難民受け入れの「第一号」として、多くの報道関係者が見守る中、成田空港に到着しました。そこで、待ちわびていた母親との劇的な再会を果たしたのです。

日本での新たな生活と歌手への夢

日本語が全く話せない状態での日本での生活は、決して平坦ではありませんでした。年齢よりも下の学年である座間市立相模が丘小学校の5年生に編入し、一から日本語を学ぶ日々が始まりました。日本語習得のため、神奈川県大和市に開設された大和定住促進センターにも一時入所しました。また、日本の少女漫画を読んだり、学校の演劇部に参加して積極的に人々と交流したりするなど、様々な方法で語学力を磨いていきました。この頃、テレビで観た山口百恵主演の映画『絶唱』に深く感動し、「いつか山口百恵さんのような歌手になりたい」という強い憧れと具体的な夢を抱くようになります。

「スター誕生！」からデビューへ

歌手になるという夢を叶えるため、チャウは行動を開始します。1981年12月、当時日本の国民的な人気を誇っていたオーディション番組『スター誕生!』（日本テレビ系）への応募を決意しました。翌年の1982年3月3日、後楽園ホールで行われた予選に、故郷ベトナムの鮮やかな深紅の民族衣装アオザイをまとい、憧れの山口百恵の代表曲「いい日旅立ち」を歌って出場。その歌声と、ベトナム難民というドラマチックな背景が注目を集め、見事に予選を通過し、テレビ収録も行われました。決戦大会までの約3ヶ月間は、日本テレビ音楽学院で集中的な歌唱レッスンを受け、デビューへの準備を進めました。そして1982年7月14日、第42回決戦大会で栄えある第73代グランドチャンピオンに輝き、レコード会社のポリスターからのデビューが決定したのです。

デビュー、活動、そして引退

1982年12月24日、ルー・フィン・チャウは、谷村新司氏が作詞・作曲・全面プロデュースを手がけたシングル「スター誕生」で、待望のデビューを飾りました。この曲は、ベトナム難民が日本のトップオーディション番組を勝ち抜き歌手になったという、その感動的なストーリーと共に大きな話題を呼び、マスコミでも積極的に取り上げられました。オリコンチャートでは最高72位を記録し、およそ1.7万枚を売り上げました。チャウの歌声は、低く太いハスキーボイスが特徴的でした。プロデューサーである谷村新司氏は、彼女が山口百恵に憧れたエピソードを基に、夢を追うストーリーを歌詞とメロディーに落とし込み、自身のラジオ番組で頻繁に楽曲を流すなど、彼女を全面的にバックアップしました。テレビではドキュメンタリー番組が制作され、彼女の手記を元にした書籍『難民少女チャウの出発(たびだち)』（三宅直子著、近代映画社）が出版されるなど、社会的な注目度も非常に高かったのです。1983年1月には人気音楽番組『夜のヒットスタジオ』に出演してデビュー曲を披露し、2月には日本青年館で初の単独コンサートを開催するなど、精力的な活動を展開しました。しかし、その活動期間は長くは続きませんでした。デビューからわずか1年後の1983年12月、ルー・フィン・チャウは突然、歌手活動からの引退を発表しました。

その後の人生と近況

歌手引退後、彼女はアメリカ合衆国のロサンゼルスへと移住しました。現在は、ベトナム系住民が多く暮らすリトルサイゴン地区で生活しており、結婚もしていると伝えられています。現地のベトナム人コミュニティが集まるクラブなどで、時折歌を披露しているとも言われています。日本での歌手活動は短期間でしたが、そのドラマチックな背景と力強い歌声は、当時の人々の心に深く刻まれました。

近年では、2016年6月22日に、ポリスター時代にリリースした全音源を網羅したベストアルバム『スター誕生+2 コンプリート・コレクション』が発売され、日本のファンにとっては久々の朗報となりました。

ディスコグラフィ

シングル

スター誕生（1982年12月24日、ポリスター）
c/w　燃ゆる瞳
愛をとどけて（1983年、ポリスター）
c/w　浜百合のシルエット
北物語（1983年、ポリスター）
c/w　愛のプレリュード

アルバム

スター誕生（1983年、ポリスター）
A面：愛をとどけて / ありふれた黄昏の街にて / 愛のプレリュード / もしも神様がいるのなら / 秋止符
B面：いい日旅立ち / 浜百合のシルエット / イニシャルM.K / 紙舟 / スター誕生
スター誕生+2 コンプリート・コレクション（2016年6月22日、ウルトラファイヴ）
* 収録曲：愛をとどけて / ありふれた黄昏の街にて / 愛のプレリュード / もしも神様がいるのなら / 秋止符 / いい日旅立ち / 浜百合のシルエット / イニシャルM.K / 紙舟 / スター誕生 / 燃ゆる瞳 / 北物語

脚注は省略。

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