レッツ・ダンス (曲)

レッツ・ダンス (Let's Dance)

「レッツ・ダンス」は、イギリスが生んだ孤高のミュージシャン、デヴィッド・ボウイが1983年にリリースした楽曲です。同年に発表された彼のアルバム『レッツ・ダンス』のタイトルトラックであり、アルバムからの第一弾シングルとして世に送り出されました。この曲は、ボウイの長いキャリアの中でも特に商業的な成功を収めた作品の一つとして記憶されています。

世界を席巻したチャートアクション

シングルの発売後、「レッツ・ダンス」は瞬く間に世界中の音楽チャートを駆け上がりました。特に印象的だったのは、イギリスとアメリカ合衆国での快進撃です。全英シングルチャートでは、発売初週に5位に初登場すると、わずか2週間後にはその週の1位であったデュラン・デュランの楽曲を抜き去り、見事に首位を獲得しました。この驚異的なスピードでのチャート上昇は、当時のシーンにおいても特筆すべきものでした。さらに、アメリカの主要チャートであるBillboard Hot 100でも1位の座に輝き、「レッツ・ダンス」はデヴィッド・ボウイにとって、大西洋の両側、すなわち英米両国で同時にシングルチャートの頂点に立った初の楽曲という歴史的な記録を打ち立てました。オーストラリアのチャートでは惜しくも1位には届きませんでしたが、最高位は2位を記録しています。

この楽曲の成功は、ボウイのキャリアにおける新しい扉を開きました。それまで主に1970年代のグラムロックやアートロックといったジャンルで評価されてきた彼が、より洗練されたポップでダンサブルなサウンドを展開したことで、それまでのファン層に加え、彼を知らなかった、あるいは彼の過去の作品に触れてこなかった若いリスナーをも大量に獲得したのです。

音楽性と革新性

「レッツ・ダンス」の制作において、ボウイはファンクやディスコの伝説的グループ、シックの中心人物であるナイル・ロジャースをプロデューサーとして迎え入れました。ロジャースの持つ独特のグルーヴと洗練されたプロダクションは、楽曲に大きな影響を与えています。特に、サンプリングされたベースラインは楽曲の強力な推進力となっており、このサウンドこそが、ボウイの楽曲の中で最も大衆的でコマーシャルな魅力を持つレコードとなった要因の一つと言えるでしょう。歌詞は一見すると「さあ、踊ろう」と呼びかけるストレートなダンスソングのように聞こえますが、ボウイ特有のどこか冷めた視点や、歌詞の一節に漂う孤独感や絶望感が、一般的なダンスミュージックとは一線を画す深みを与えています。

意外なことに、この曲は元々フォーク調の楽曲として構想されていたという背景があります。しかし、その初期のバージョンが公にされることはなく、ナイル・ロジャースとの共同作業を経て、現在知られるようなダンサブルな名曲へと姿を変えました。

バージョンと豪華な演奏陣

「レッツ・ダンス」には、主に3つのバージョンが存在します。オリジナル収録であるアルバム版は7分38秒と比較的長尺ですが、シングルとしてリリースされた際には、ラジオでのオンエアに適したように大幅に編集され、4分07秒に短縮されました。このシングル版では、エンディングのギターソロの一部がアルバム版とは異なるテイクに差し替えられています。一方で、クラブプレイを意識した12インチシングル版は、アルバム版と同じ7分38秒の長さでリリースされました。

この楽曲のレコーディングには、プロデューサーのナイル・ロジャース自らギターで参加したほか、非常に豪華なミュージシャンが集結しました。特に注目すべきは、当時まだ広く知られていなかったものの、その非凡な才能から「天才ブルースギタリスト」と称されていたスティーヴィー・レイ・ヴォーンの参加です。彼の弾くブルージーかつダイナミックなリードギターは、楽曲の大きな聴きどころとなっています。ヴォーンは当初、この楽曲の成功を受けて企画された大規模なワールドツアー「シリアス・ムーンライト・ツアー」への帯同も予定されており、リハーサルにも参加していました。しかし、ツアーの報酬として提示された金額（月額わずか約10万円程度だったと言われています）があまりにも低額であったことから、ツアー参加を辞退することになります。この報酬を巡るトラブルは当時のゴシップ誌などで大きく報じられ、皮肉にもこれがきっかけとなってスティーヴィー・レイ・ヴォーンの知名度が一気に上昇しました。その後彼は自身のバンド、ダブル・トラブルでの活動に集中し、ブルースギター界の伝説としての揺るぎない地位を確立していくことになります。

他にも、カーマイン・ロジェイス（ベース）、オマー・ハキムとトニー・トンプソン（ドラムス）、ロブ・サビーノ（キーボード）、強力なホーンセクション（マック・ゴレホン、ロバート・アーロン、スタン・ハリスン、スティーヴ・エルソン）、サミー・フィゲロア（パーカッション）といった名プレイヤーたちが楽曲を支えています。

視覚世界とライブパフォーマンス

楽曲の成功をさらに後押ししたのが、長年ボウイと組んできたデヴィッド・マレットが監督したミュージックビデオです。オーストラリアで撮影されたこのビデオは、広大な風景を背景に、先住民であるアボリジニのカップルが西洋文化の象徴である赤い靴に苦悩する姿をボウイが傍観するという、単なる楽曲のプロモーションに留まらない、文化的・社会的なテーマを内包した内容となっています。孤独や絶望といった情感も映像から感じ取れる一方、ボウイがバンドと共に楽曲を演奏するシーンも挿入され、視覚的にも印象深い作品となっています。

「レッツ・ダンス」は、その後のデヴィッド・ボウイのキャリアにおいて、ライブパフォーマンスに欠かせない楽曲となりました。特に楽曲のヒットを記念して行われた1983年の「シリアス・ムーンライト・ツアー」では、世界中のスタジアムやアリーナで演奏され、そのたびに観客を熱狂させました。また、日本国内では、2003年にホンダ・ステップワゴンスパーダのテレビCMソングとして起用されたことで、再び多くの人々にそのメロディが届けられました。

主な収録盤

「レッツ・ダンス」は、ボウイのヒット曲を網羅した数多くのコンピレーションアルバムにも収録されています。

『チェンジスボウイ』（Changesbowie, 1990年）
『ザ・シングルス・コレクション』（The Singles Collection, 1993年）
* 『デヴィッド・ボウイ・ベスト』（Best of Bowie, 2002年）

「レッツ・ダンス」は、その圧倒的な商業的成功と、ボウイの音楽性が新たなフェーズに入ったことを示す重要な一曲として、今なお世界中で愛され続けています。

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