レミュエル・フランシス・アボット

肖像画家としての生涯と業績

18世紀後半から19世紀初頭にかけてイギリスで活動した肖像画家、レミュエル・フランシス・アボット（Lemuel "Francis" Abbott、1760年または1761年生まれ、1803年 12月5日没）は、同時代の著名な人物たちをキャンバスに捉えた作品で後世に名を残しています。特に、数々の戦功を立てた海軍提督ホレーショ・ネルソンの肖像画は極めて有名であり、現在もイギリス首相官邸に飾られています。彼の芸術は、海軍軍人、文学界の巨人、科学者、実業家など、当時の社会を形作った多岐にわたる分野の人々によって高く評価されました。

アボットはレスターシャーにて、牧師の子として生を受けました。14歳を迎えた1775年、彼は芸術家としての道を志し、ロンドンへと旅立ちました。そこで、肖像画と歴史画を手がけていたフランシス・ヘイマンの門下に入ります。しかし、師ヘイマンは翌1776年には世を去ってしまい、アボットの正規の師事期間はわずか1年ほどでした。その後の彼の絵画修行については諸説あります。完全に独学で技術を磨いたとも考えられていますが、一時期、ダービーを拠点に活動していた画家ジョセフ・ライトに指導を受けた可能性も指摘されています。

1780年、アボットは結婚し、ロンドンに居を定めます。この頃から、彼はロイヤル・アカデミー・オブ・アーツが開催する展覧会に自身の作品を出品するようになります。しかし、残念ながら、アカデミーの正会員に選ばれることはありませんでした。それでも、彼の才能は徐々に認められ、肖像画の依頼が数多く舞い込むようになります。画家として多忙を極める日々を送る一方で、私生活では家庭内の問題に直面していたと伝えられています。こうした公私の負担が重なり、アボットは精神的な病に見舞われることとなります。一時は、著名な精神科医であるトーマス・マンローの治療を受けたこともあったと記録されています。

アボットの作品リストには、当時のイギリスを代表する錚々たる顔ぶれが並びます。中でも、1797年に制作されたネルソン提督の肖像画は彼の最高傑作の一つとされ、提督自身がロンドンに滞在していた時期に描かれました。伝えられるところによれば、提督とその夫人もこの肖像画の仕上がりに大変満足していたと言われています。その他の主な被写体としては、海軍提督ロバート・カルダー、トーマス・ペイズリー卿といった軍人、天文学者ウィリアム・ハーシェル、詩人ウィリアム・クーパーといった学者や文学者、版画家フランチェスコ・バルトロッツィや彫刻家ジョセフ・ノルケンズといった芸術家、そして実業家のマシュー・ボールトン、ジョン・ウィルキンソンなどが挙げられます。彼が描いた肖像画は、それぞれの人物の個性や地位を捉え、写実的な描写の中に温かみを感じさせるものが少なくありません。

興味深い点として、アボットは自身の作品に署名する際、「フランシス・レミュエル・アボット」のように、本名であるレミュエルの前に「フランシス」という名前を付加することがありました。この「フランシス」が何を意味するのか、師であるフランシス・ヘイマンへの敬意なのか、あるいは別の理由があるのか、その真意は現代においては定かではありません。彼の比較的短い生涯（42歳または43歳で没）は、輝かしい成功と個人的な苦難が交錯したものでしたが、彼が生み出した肖像画は、18世紀末から19世紀初頭にかけてのイギリス社会の様子や、そこに生きた偉大な人物たちの姿を今に伝える貴重な遺産となっています。

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