レモ・ジャゾット

レモ・ジャゾット（Remo Giazotto）は、20世紀イタリアを代表する音楽学者のひとりで、音楽評論、教育、そして放送界においても重要な役割を果たした人物です。1910年9月4日にローマで生を受け、1998年8月26日にピサでその生涯を閉じました。

彼の学術的な貢献として最も知られているのは、バロック期ヴェネツィアの作曲家、トマゾ・アルビノーニ（1671-1750）に関する研究です。ジャゾットはアルビノーニの生涯と作品を綿密に調査し、その音楽への体系的な理解を可能にする作品目録を作成しました。これにより、それまで十分に光が当てられていなかったアルビノーニの音楽が再評価される大きな契機となりました。アルビノーニのほかにも、アントニオ・ヴィヴァルディをはじめとするイタリアの主要な音楽家たちの評伝を数多く手掛け、音楽史研究に貴重な資料を提供しています。

ジャゾットは1932年から音楽評論家としての活動を開始し、イタリア音楽界の動向に影響を与えました。彼は権威ある音楽雑誌である『Rivista musicale italiana』の編集責任者を1945年から1949年にかけて務め、その後、1967年にはその新編である『Nuova rivista musicale italiana』の共同編集者にも名を連ねています。雑誌の編集を通して、彼はイタリアの音楽学や評論の発展に貢献しました。

教育者としては、フィレンツェ大学で1957年から1969年まで音楽史の教授を務め、後進の指導にあたりました。また、ローマにあるサンタ・チェチーリア国立アカデミーでも、1962年に音楽史の教鞭をとっています。さらに、イタリア放送協会（RAI）では多岐にわたる役職を歴任しました。1949年からは室内楽番組の編成監督として質の高い音楽番組の制作を指揮し、1966年には欧州放送連合（EBU）を通じた国際放送の監督としてイタリア音楽の海外への発信に尽力しました。RAIでの活動はこれにとどまらず、オーディションの審査員長や、作曲家に関する伝記シリーズの編集責任者なども務めるなど、放送メディアを通じた音楽の普及・振興に深く関わりました。

ジャゾットの名前を学術界の外にまで広く知らしめることになったのは、《ト短調のアダージョ》（しばしば「アルビノーニのアダージョ」と呼ばれる）の出版でした。彼は、この楽曲が第二次世界大戦中のドレスデン爆撃で破壊されたザクセン国立図書館で見つかった、アルビノーニの自筆譜の断片（バス声部と数字付きバスの一部とされる）をもとに自身が「編曲」したものであると発表しました。この抒情的で感動的な作品は世界中で大ヒットし、ジャゾットは一躍著名な編曲者として評価されます。

しかし、後にアルビノーニの「原典」とされる断片が公開されると、ジャゾットの主張には疑義が生じました。詳細な検証の結果、この《アダージョ》はアルビノーニの断片とはほとんど関係がなく、ジャゾット自身の完全な創作であることが音楽学界で広く認められるようになりました。ジャゾット自身は、公開された断片は楽曲のバス声部のみに該当すると釈明しましたが、この楽曲の版権は彼が保有し、経済的な利益を得ていました。この一件は、音楽学者の倫理や、歴史的資料と創作の境界について大きな議論を巻き起こしました。学術的な厳密さが求められる音楽学者としての彼の評価に影を落とすことになった一方で、皮肉にもこの作品が彼の名を最も有名にする結果となったのです。

これらの活動と並行して、ジャゾットは数多くの音楽学研究書や評伝を著しました。例えば、『Il melodramma a Genova nei secoli XVII e XVIII』、『Tomaso albinoni, 'musico violino dilettante veneto' (1671-1750)』、『Vivaldi』などがあり、これらはジェノヴァやヴェネツィアの音楽史、あるいは個別の作曲家研究における重要な文献となっています。

レモ・ジャゾットは、アルビノーニ研究における不朽の貢献や多岐にわたる音楽界での活動によって評価される一方で、《アルビノーニのアダージョ》を巡る問題によって学術的な信頼性が問われるという、複雑なキャリアを歩んだ人物でした。彼の生涯は、学術的な探求心と、時にそれを越える創作への衝動、そして音楽が持つ影響力の大きさを示すものと言えるでしょう。

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