ロシアの受刑者部隊

ロシアの受刑者兵士動員とその影響

ロシアはウクライナ侵攻において、兵力不足を補うため、受刑者を軍事部隊に採用するという異例の措置を取った。この動員は、当初は民間軍事会社ワグネル・グループが主導し、後にロシア国防省も加わる形で行われた。

受刑者動員の経緯

ワグネル・グループは2022年から刑務所での採用活動を開始し、その規模は推定4万人にまで拡大した。ニューヨーク・タイムズによると、ワグネルの指導者エフゲニー・プリゴジン自らが刑務所を訪れ、受刑者に「兵役と引き換えに恩赦を与える」という取引を持ちかけたという。しかし、2023年2月、ワグネルとロシア国防省の対立が激化したため、ワグネルは受刑者の採用を停止した。一方、ロシア国防省自体も2022年10月には受刑者の採用を開始したと報じられている。

2023年4月には、国防省による「ストームZ」部隊設立に関する情報が明らかになった。これらの部隊はわずか10～15日間の訓練しか受けておらず、戦争神経症に苦しむロシア正規軍に配属された。イギリス国防省は、受刑者の採用は「ロシア国民に不人気の新たな強制動員を避けつつ、兵力を増強するための努力」と分析している。

受刑者兵士の運用と扱い

プリゴジンは2022年9月、受刑者兵士に対して、攻撃の先陣を切る突撃部隊として運用し、多大な犠牲を払うことになると説明した。専門家やワグネル兵の捕虜によると、受刑者兵は「ほぼ大砲の餌同然」として使われたという。特にバフムートの戦いでは、数千人のワグネル受刑者兵が波状攻撃に参加し、大きな役割を果たした。しかし、ウクライナメディアは、彼らが「2～3週間の不十分な訓練の後、前線に送られ、大砲の餌として利用されている」と報道している。

また、プリゴジンは兵役中に逃亡を試みた受刑者は「脱走兵とみなされ、撃たれる」と述べた。国連の専門家は、新兵が「上官から定期的に脅迫され、虐待されている」という申し立てに懸念を表明し、「逃亡を試みたとして処刑されたり、他の新兵への警告として公の場で重傷を負わされた」という情報もあるとしている。専門家は、これらの戦術を人権侵害であり、「戦争犯罪に当たる可能性がある」と批判している。

英国防省は2023年2月、ワグネルの受刑者兵の半数が死傷した可能性があると推定した。2024年3月、人権擁護者のオルガ・ロマノワは、ワグネルと国防省が動員した受刑者のうち5万人が恩赦を受けていることや、イワノヴォ地域では帰還した元受刑者の半数以上が再び刑務所に入ったことを指摘している。

2024年6月、BBCロシア放送局とメディアゾナは、ワグネルから流出した文書を分析し、2022年1月から2023年8月までに死亡した元受刑者2万人以上の個人情報が記録されていたと報道した。そのうち1万7000人がバフムートで死亡しており、約4万8000人が動員されたと見られている。

受刑者の釈放とその影響

ワグネルのモデルでは、前線で6か月の任期を生き延びた受刑者には、犯した罪に対する恩赦が与えられ、社会に解放されることになっていた。しかし、釈放された受刑者の多くは重罪犯であり、ロシア国民の間では彼らが社会で犯罪を繰り返すのではないかという懸念が高まっていた。

実際、2022年には20年ぶりに殺人・殺人未遂の件数が増加し、2023年には「特別軍事作戦」からの帰還兵による凶悪犯罪が13倍に増加した。ロシアの裁判所では、犯罪を犯した帰還兵に対して「作戦への参加」を理由に減刑しており、プーチン大統領は2023年3月に「特別軍事作戦」参加者のほとんどの犯罪を免責する法律に署名している。

2023年8月には、ワグネルで戦った後に赦免された男が、カレリア共和国で6人を刺殺する事件が発生した。2024年9月には、独立系メディアが過去2年間に帰還兵が関与した211件の犯罪を報告している。その内訳は殺人114件、暴力事件64件、交通違反20件などであり、多くの事件で家族や親族への脅迫、アルコール依存症が関連していた。

また、釈放された元受刑者の多くが、釈放前に犯した罪と似た犯罪を繰り返しており、社会への深刻な影響が懸念されている。2024年12月には、500人以上が犠牲になったと報道されている。

背景と識者によるコメント

人権擁護者のオルガ・ロマノワは、「帰還兵による犯罪の免責は、更なる犯罪の増加と、いかなる罰も受けないという状況を生み出している」と指摘した。ロシアの刑務所では受刑者に対する暴力が日常的に行われており、トラウマを抱えたまま社会復帰することが難しいとされている。また、戦闘地域での過度なストレスにより、帰還兵の3人に1人がPTSDを発症する可能性があると指摘されている。

社会学者のイーゴリ・イドマンは、「殺人犯や強姦魔が前線に出ることで英雄になる」と述べ、社会学者のアンナ・クレショワは「暴力を合法化する機運があり、家庭内暴力や紛争解決の手段としても暴力が一種の規範となっている」と懸念を示している。

受刑者兵士の動員は、ロシア軍の兵力不足を補う一方で、社会に深刻な問題を引き起こしている。人権侵害や犯罪増加といった負の側面が露呈しており、その影響は長期に及ぶことが予想される。

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