ロシア音楽協会

概要

ロシア音楽協会（露: Russkoe muzykal'noe obshchestvo、略称: RMO）は、19世紀後半のロシア帝国において、専門的な音楽活動の振興と文化水準の向上を目的に創設された重要な音楽組織である。この協会は、ロシアにおけるプロフェッショナルな音楽教育システムと演奏文化の確立に不可欠な役割を果たした。

設立と活動

協会の設立は1859年、著名なピアニストで作曲家でもあったアントン・ルビンシテイン（1829-1894）の主導によるものだった。彼は、ロシア国内における音楽的才能の発掘と育成、そして国民の音楽趣味の洗練を目指していた。協会の設立基盤となったのは、1840年に開設されていたサンクトペテルブルク交響楽協会である。
ロシア音楽協会は、その活動の中心として、交響楽や室内楽といったクラシック音楽の定期的な演奏会シリーズを組織し、質の高い音楽演奏を提供した。同時に、最も重要な業績の一つとして、専門的な音楽教育機関の設立に力を入れた。

音楽院の設立

協会の教育活動は、まず既存の音楽教室を強化・統合することから始まった。そして1862年、これを発展させる形で、ロシア初の本格的な音楽高等教育機関となるサンクトペテルブルク音楽院を設立した。アントン・ルビンシテインは、この音楽院の初代校長も兼任し、その教育体制の基礎を築いた。
次いで1860年には、アントンの弟であるニコライ・ルビンシテイン（1835-1881）によって、モスクワにもロシア音楽協会の支部が設立された。モスクワ支部もまた教育機関の設置を進め、1866年にはニコライを校長とするモスクワ音楽院が開校した。
これらの音楽院は、後にロシアを代表する多くの音楽家を輩出することになる。例えば、偉大な作曲家ピョートル・チャイコフスキーは、サンクトペテルブルク音楽院の第一期生であり、卒業後にはモスクワ音楽院の設立初期から作曲科の教授として教鞭を執り、セルゲイ・タネーエフをはじめとする次世代の才能を育てた。

音楽思想の対立

アントン・ルビンシテインは、当時ロシア音楽界に蔓延していたアマチュアリズム（ディレッタンティズム）を厳しく批判し、彼自身がドイツで受けた質の高い音楽教育を規範とした教育カリキュラムをサンクトペテルブルク音楽院に導入した。このアカデミックな方針は、独学で音楽を学び、ロシア固有の国民性を重視する作曲家たち、特にミリイ・バラキレフやアレクサンドル・セローフらから強い反発を招いた。
バラキレフは、ルビンシテインの「コスモポリタニズム」に対抗し、ロシアの民族的な要素を重視する音楽を追求する作曲家グループ「力強い一団」（いわゆるロシア5人組）を結成した。また、音楽院とは異なる教育の場として無料音楽学校を組織し、ロシア国民楽派と呼ばれる潮流を形成した。ロシア音楽協会や音楽院を中心とするルビンシテイン派と、バラキレフを中心とする国民楽派は、19世紀後半のロシア音楽界を二分する主要な勢力となった。

組織運営と転換期

ロシア音楽協会および音楽院の運営は、設立当初、主要な支援者であったロシア大公妃エレナ・パヴロヴナ（1806-1873）をはじめとする帝室の影響力に大きく依存していた。これにより、協会の活動や音楽院のカリキュラム編成には、しばしば制約や介入が生じた。
1867年、アントン・ルビンシテインは協会および音楽院の職を辞任してロシアを離れた。その後、一時的にバラキレフが協会の指揮者を務めるが、大公妃との衝突により1869年に辞任に追い込まれるなど、運営は不安定な時期も経験した。
しかし、進歩的な音楽や運営改善に理解のあるミハイル・アザンチェフスキーが組織の統率を担うようになってからは、協会の運営基盤が徐々に強化されていった。特に、1869年に主任指揮者に就任したエドゥアルト・ナープラヴニーク（1839-1916）は、高水準な演奏を確立し、それまで音楽協会では演奏される機会が少なかったムソルグスキーやリムスキー＝コルサコフといった「力強い一団」の作曲家の作品も積極的にプログラムに取り入れた。また、1871年には「力強い一団」の一員であるニコライ・リムスキー＝コルサコフが、サンクトペテルブルク音楽院の作曲科教授に迎えられるなど、両派の交流も進んだ。

国家運営への移行

1873年に大公妃エレナ・パヴロヴナが逝去した後、ロシア音楽協会は正式に国家財政による運営へと移行した。これにより、帝室の影響下から離れ、より安定した基盤の上で活動を継続できるようになった。
ロシア音楽協会とその傘下にある音楽院は、19世紀後半のロシアにおけるクラシック音楽の発展において、演奏家や作曲家の育成、新しい作品の紹介、そして音楽文化の普及という点で計り知れない貢献を果たし、現代のロシア音楽界の礎を築いたと言える。

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