ロバート・ボーク

ロバート・ヘロン・ボーク

ロバート・ヘロン・ボーク（Robert Heron Bork）は、1927年3月1日にペンシルベニア州ピッツバーグで生まれ、アメリカ合衆国の法学界および司法界で重要な足跡を残した人物です。法学者、そして後に裁判官、弁護士としても活動しました。彼はそのキャリアを通じて、特に二つの大きな出来事で広く知られることになります。

ニクソン政権下の訟務長官

彼の公職キャリアの中で最初の注目すべき役割は、リチャード・ニクソン政権下の1973年6月から1977年1月にかけて、第35代アメリカ合衆国訟務長官を務めたことです。訟務長官は連邦政府を代表して連邦最高裁判所で弁論を行う重要な役職です。この在任期間中、彼はウォーターゲート事件の渦中にあり、特に1973年10月20日に発生した「土曜日の夜の虐殺」と呼ばれる出来事において、中心的な役割を担うことになります。政府の不正を捜査していた特別検察官、アーチボールド・コックスの解任命令を巡り、ニクソン大統領の方針に反対した当時の司法長官エリオット・リチャードソン氏と司法副長官ウィリアム・ラッケルズハウス氏が相次いで辞任するという異例の事態となりました。この状況下で、訟務長官であったボーク氏が、大統領の命令を実行し、コックス特別検察官を解任する役目を引き受けました。この出来事は、アメリカ合衆国の三権分立と法の支配における緊迫した瞬間として、歴史に刻まれています。

最高裁判事指名と「Bork」化現象

ボーク氏の人生と名が、特別な意味合いで広く知られるようになったのは、1987年の出来事がきっかけです。当時のロナルド・レーガン大統領は、連邦最高裁判所の判事に彼を指名しました。しかし、憲法解釈において保守的な立場を取ることで知られていたボーク氏に対し、民主党が多数を占めていた連邦議会上院では、その指名に対する強い反対意見が多数を占めました。激しい議論と政治的な攻防の末、ボーク氏の最高裁判事指名承認は最終的に否決されました。

この指名否決のプロセスは、アメリカの政治史における一つの転換点とも見なされています。そして、この出来事から、彼の姓である「Bork」は、特定の人物の公職への就任を阻止する目的で、その人物に対してメディアなどを通じて集中的かつ組織的に批判や中傷を行う政治的な妨害行為を指す動詞として、アメリカ合衆国の政治スラングとして定着しました。これは、ある人物の資質や経歴を巡る正当な議論を超え、政治的な意図をもって候補者のイメージを損ない、就任を阻もうとする行為を指す言葉となり、ボーク氏の名前は、意図せざる形で政治的妨害の象徴となったのです。

その他のキャリアと晩年

最高裁判事への道を閉ざされた後も、ボーク氏は法曹界での活動を続けました。彼は権威あるイエール大学の法学部教授としても教鞭を執り、後のアメリカ合衆国大統領となるビル・クリントン氏も彼の教え子の一人でした。クリントン氏は、思想や立場は異なれど、ボーク氏の講義から大きな感銘を受けたことを自伝の中で記しています。また、連邦高等裁判所の裁判官としても長年務め、多くの重要な判例に関わりました。

保守派の法学者として、彼は憲法解釈や法の役割について独自の強い見解を持っており、それは著書や講演などを通じても広く発表されました。日本語訳のある著作としては、月刊誌『正論』2006年12月号に掲載された「米保守派の『最重鎮』からのメッセージ これが日米両国憲法の欠陥だ」と題されたインタビュー記事があります。

ロバート・ヘロン・ボーク氏は、2012年12月19日、バージニア州アーリントンにて85歳でその生涯を閉じました。彼のキャリアは、ウォーターゲート事件への関与、最高裁判事指名否決とその政治的影響、そして「Bork」という言葉の誕生といった出来事を通じて、アメリカ現代史における司法と政治の関係性を示す重要な事例として記憶されています。

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