ロバート・マートン

ロバート・コックス・マートン

ロバート・コックス・マートンは、1944年7月31日にニューヨーク市マンハッタンで誕生したアメリカ合衆国の経済学者です。彼の父は、20世紀半ばのアメリカ社会学において顕著な業績を残した、コロンビア大学教授のロバート・キング・マートンです。学術的な家系に育ったマートンは、後に金融経済学の分野で世界的に知られる存在となります。

経歴

マートンはまず、父親が教鞭をとるコロンビア大学で学び、1966年にエンジニアリング・マセマティクス分野で学士号を取得しました。続いてカリフォルニア工科大学に進学し、1967年に応用数学の修士号を取得。その後、マサチューセッツ工科大学（MIT）に移り、著名な経済学者ポール・サミュエルソン教授の指導の下、1970年に経済学で博士号を取得しました。

博士号取得後、彼はMITスローン・ビジネススクールの教員となり、準教授から教授へと昇進しました（1970年～1988年）。その後、ハーバード・ビジネススクールに移籍し、「George Fisher Baker Professor of Business Administration」および「John and Natty McArthur University Professor」といった冠教授職を務めました（1988年～2010年）。2010年にはハーバード大学の名誉教授となり、現在は再びMITスローン・ビジネススクールに所属しています。

ノーベル経済学賞受賞と主な貢献

マートンの学術的な業績の中で最も広く認識されているのは、金融派生商品の価格を決定するモデル、特に「ブラック・ショールズ方程式」の発展に貢献したことです。このモデルは、フィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズによって基礎が築かれましたが、マートンはそれを数学的に厳密化し、より広範な市場条件や金融商品に適用可能とする理論的な枠組みを提供しました。彼の貢献は、特に連続時間ファイナンス理論という分野の確立において重要であり、デリバティブ市場の急速な発展に理論的な基盤を与えました。

この顕著な業績が評価され、マートンは1997年にマイロン・ショールズと共にノーベル経済学賞を受賞しました。本来、共同開発者であるフィッシャー・ブラックも同等の貢献をしましたが、残念ながら既に故人であったため受賞対象にはなりませんでした。マートンとショールズの受賞は、現代金融理論が現実の経済活動に与える影響の大きさを世界に知らしめる出来事となりました。

LTCMの破綻

ノーベル賞受賞からわずか一年後の1998年、マートンとショールズは予期せぬ試練に直面します。彼らは、自身の金融理論を実践するため、ジョン・メリウェザーらと共に設立に関わったヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメント（LTCM）の主要な役員を務めていました。LTCMは設立当初、高度なアルゴリズム取引や裁定取引によって高い収益を上げていましたが、同年発生したロシア経済危機とそれに伴う市場の極端な変動を正確に予測できず、巨額の損失を計上して経営破綻に追い込まれました。

LTCMの破綻は、世界の金融市場に大きな混乱を引き起こし、連邦準備制度理事会による救済的な介入が必要となる事態に発展しました。ノーベル経済学賞受賞者であるマートンとショールズが経営に関わっていたことから、この破綻は世界的に大きく報道され、金融理論の実践におけるリスク管理の難しさを示す事例として記憶されることとなりました。

主な著作

マートンの研究成果は、金融経済学の基礎を築く多くの著作にまとめられています。代表的な単著としては、連続時間ファイナンスの理論を体系的に記述した『Continuous-time Finance』（1990年）が挙げられます。また、ツヴィ・ボディエとの共著である『Finance』（1998年、日本語訳『現代ファイナンス論』）は、ファイナンス分野の標準的な教科書として広く活用されています。

まとめ

ロバート・コックス・マートンは、金融工学における価格理論の発展に不可欠な貢献をした経済学者です。ブラック・ショールズ方程式の数学的深化や連続時間ファイナンス理論の確立は、現代の金融市場におけるデリバティブ取引やリスク管理の基盤となっています。ノーベル賞受賞という輝かしい業績と、LTCM破綻という困難な経験の両方を経て、彼の理論は現在も金融経済学の研究と実務に大きな影響を与え続けています。長年にわたるMITおよびハーバード大学での教育・研究活動は、後進の研究者にも多大な影響を与えています。

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