ロンドンの鼻

ロンドン市内には、一見すると何気ない建物に、奇妙なオブジェが取り付けられています。それは、人間の鼻を焼石膏で精巧に複製した、大小さまざまな「鼻」です。これらは、1997年に芸術家リック・バークレイによって制作されたインスタレーション作品「ロンドンの鼻（London Noses）」、あるいは「ソーホーの七つの鼻（Seven Noses of Soho）」として知られています。

当初、ナショナル・ギャラリーやテート・ブリテンなど、複数の著名な建物に35個もの鼻が設置されました。しかし、年月を経て、現在確認できるのは約10個程度に減少しています。それぞれの鼻は、建物の壁面にまるで不意に飛び出してきたかのように取り付けられ、その不条理でユーモラスな存在感は、街の風景に独特のアクセントを加えています。

この作品が制作された背景には、ロンドン市内の監視カメラ設置計画に対するバークレイの反発がありました。彼は、街中に監視カメラが設置されることに強い懸念を抱き、その監視社会への皮肉として、この作品を制作したとされています。さらに、前衛芸術家集団シチュアシオニストインターナショナルの活動にも着想を得ており、まるで都市そのものに介入するような、挑発的な作品となっています。

興味深いのは、この「ロンドンの鼻」に関する都市伝説の存在です。作品の存在が公に知られることはなく、人々の間ではさまざまな憶測や物語が生まれました。例えば、アドミラルティ・アーチの内壁にある鼻は、ナポレオンを嘲笑する象徴であり、近隣のホース・ガーズ・パレードの騎兵たちがアーチを通る際に、その鼻をつまんでいくという逸話があります。また、「ソーホーの七つの鼻」を全て見つけた者は、幸運に恵まれるという言い伝えも存在します。

これらの物語は、作品自体の意味を多層的に豊かにするだけでなく、ロンドンの街の歴史や文化、そして人々の想像力とユーモアを反映していると言えるでしょう。バークレイの作品は、単なるオブジェではなく、都市と人々の関わり方、そして社会への問題提起を促す、インタラクティブなパブリックアートとして機能していると言えるでしょう。今日、ロンドンを散策する際には、これらの「鼻」を探してみるのも、街を違った視点で楽しむ方法かもしれません。一見すると些細な存在ですが、その背景にある社会的な文脈や、人々の想像力を刺激する力によって、この「ロンドンの鼻」は、ロンドンの街に独自の、忘れがたい痕跡を残しています。

様々な憶測や伝説が飛び交う「ロンドンの鼻」。その謎めいた存在は、街を歩く人々に、驚きと好奇心を呼び起こし続けているのです。

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