ローマ式敬礼

ローマ式敬礼：古代ローマの影とファシズムの象徴

ローマ式敬礼は、手のひらを下に向け、腕と指を完全に伸ばした状態で前方に掲げる敬礼様式です。一般的には古代ローマ起源とされていますが、その歴史的裏付けは曖昧です。古代ローマの文献に直接的な記述はなく、当時の美術作品にも類似のジェスチャーは確認できません。

この敬礼が広く認知されるようになったのは、1784年、ジャック＝ルイ・ダヴィッドの絵画『ホラティウス兄弟の誓い』において、このジェスチャーが描かれたことがきっかけです。その後、新古典主義芸術の影響を受け、19世紀後半から20世紀初頭にかけての演劇や映画作品で、古代ローマの慣習として頻繁に描かれるようになりました。大衆文化の浸透により、ローマ式敬礼は一般に知られるようになったのです。

アメリカ合衆国では、1892年から1942年にかけて、類似のジェスチャーであるベラミー敬礼が忠誠の誓いの際に用いられていました。しかし、ローマ式敬礼が真に歴史的意味を持つものとは言い難いのです。

ファシズムへの悪用とシンボル化

ローマ式敬礼は、20世紀初頭、ファシズムの台頭とともに政治的シンボルへと変貌を遂げます。1914年、イタリアの民族主義者ガブリエーレ・ダンヌンツィオが脚本した映画『カビリア』で、古代ローマを題材としてこのジェスチャーが用いられたことが転換点となりました。

ダンヌンツィオは、1919年のフィウーメ占領においてもこの敬礼を儀式として採用し、ファシスト政権樹立への道を開きました。1923年にはムッソリーニ率いるイタリアファシスト党が、1926年にはドイツナチス党が正式に採用しました。ナチス政権下では、国民への服従の象徴として強制的に用いられ、「ナチス式敬礼」として広く知られるようになりました。

イタリア、ドイツ以外にも、フランコ体制下のスペインなど、ファシズムの影響を受けた多くの国々でこの敬礼が用いられ、世界中に広まりました。この経緯から、ローマ式敬礼はファシズムと不可分な結びつきを持つ象徴として認識されるようになったのです。

戦後と現代

第二次世界大戦後も、ローマ式敬礼は映画などを通じてファシズムとの関連性が強調され続けました。例えば、1959年の映画『ベン・ハー』では、カエサルへの敬礼としてローマ式敬礼が用いられ、「ヘイル・シーザー」の掛け声とともに、そのイメージは定着しました。

ドイツでは、ナチズムへの連帯を示す行為として、ローマ式敬礼の使用は厳しく制限されています。刑法86a条によって、芸術・科学・教育目的以外での使用は犯罪とされ、最高3年の懲役刑が科せられます。そのため、ネオナチや極右勢力は、抵抗の敬礼（Widerstandgruß）やキューネン式敬礼（Kühnengruß）などの類似したジェスチャーを用いるケースが見られます。

一方、イタリアでは、著名人によるローマ式敬礼の使用例が散見されます。ムッソリーニの娘の葬儀や、ベルルスコーニの選挙勝利など、さまざまな場面で確認されています。日本でも、高校野球の選手宣誓や国民体育大会などで類似のジェスチャーが見られ、議論を呼んでいます。台湾でも、公職者の就任宣誓の際に類似の敬礼が用いられています。

このように、ローマ式敬礼は、その起源と歴史的文脈、そしてファシズムとの強い結びつきから、現代においても複雑な意味を持つジェスチャーであり続けているのです。歴史的背景を理解した上で、適切な理解と扱いが求められています。

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