ロールス・ロイス・ファントムIII

ロールス・ロイス ファントムIII：戦間期の技術革新とラグジュアリーの融合

ロールス・ロイス ファントムIIIは、1936年から1939年にかけて製造された、同社ファントムIIの後継モデルとして名高い高級自動車です。ロールス・ロイスブランドにおいて、シルヴァーセラフが登場するまでV型12気筒エンジンを搭載した唯一のモデルという歴史的意義も併せ持ちます。

1935年10月の発売以来、その圧倒的な静粛性と洗練された走りは多くの人々を魅了しました。7340ccのV型12気筒OHVエンジンは、公表こそされませんでしたが、初期型は約160馬力、後期型は約180馬力を発揮したと推測されており、ファントムIIと比較して12%のパワーアップを実現しています。驚くべきは、その静粛性です。アイドリング状態ではボンネットに耳を近づけてもエンジン音がほとんど聞こえず、空ぶかし時でもファンの音しか聞こえないほど静かだったと伝えられています。

シャシー設計にも革新的な技術が導入されました。トランスミッションはエンジンと分離され、シャシーの中央に配置。さらに、ロールス・ロイスとしては初となる前輪独立懸架（ウィッシュボーン式）を採用し、コイルスプリングによるサスペンションシステムで快適な乗り心地を提供しました。ホイールベースはファントムIIのショートホイールベース版より2インチ短縮されたものの、室内空間は変更されず、前後車軸間に収まる設計となっています。これは、小型のV型12気筒エンジンを前車軸より前に配置することで実現したもので、乗り心地とハンドリングの向上に大きく貢献しました。車体重量も8%軽量化されています。

ファントムIIIのシャシー価格は、当初£1850でしたが、後に£1900に値上げされました。ロールス・ロイスでは、顧客の要望に応じて様々なボディタイプが用意されており、カタログには8種類のボディが掲載されていました。完成車の価格は、バンデン・プラ社が架装したスポーツツアラーの£2,587から、プルマンリムジンの£2,865までと幅がありました。

第二次世界大戦の勃発により、ファントムIIIの生産は1939年に終了。総生産台数は715台に留まり、日本への正規輸入はありませんでした。その希少性と、戦間期における自動車技術の粋を集めた高級車としての高い完成度から、現在でもコレクターズアイテムとして高い人気を誇っています。後継車種はファントムIVです。

ファントムIIIは、単なる高級車を超えた、当時の技術力を結集したロールス・ロイスの自信作でした。その静粛性、快適性、そして洗練されたデザインは、今もなお人々を魅了し続けています。

もう一度検索