ロールス・ロイス・レイス

レイス：戦火の影に消えた、幻の名車

1938年から1939年という短い期間、ロールス・ロイス社から生み出された高級車、レイス。その名はスコットランド語で「幽霊」「生霊」を意味するWraithからきており、その希少性と、第二次世界大戦という暗い歴史的背景を持つことから、まさに「幻の名車」と呼ぶにふさわしい存在といえるでしょう。

レイスは、ロールス・ロイスのフラッグシップモデルとして知られるファントムIIIの技術を、より小型で扱いやすい25/30HPクラスに凝縮したモデルです。いわば「ファントムIIIの弟分」であり、「25/30HPの後継車」と捉えることもできます。

その革新性は、シャシに最も顕著に表れています。ロールス・ロイスとして初めて、全溶接閉断面フレームを採用。さらにX字型の補強を入れることで、並外れた強度と剛性を確保しました。ホイールベースは25/30HPよりも4インチ延長され136インチとなり、安定性と広々とした室内空間を実現しています。

そして、レイス最大の革新技術が、ファントムIIIと共通のセミトレーリング・ダブルウィッシュボーン式の前輪独立懸架です。この技術により、乗り心地と操縦性は飛躍的に向上し、当時の高級車としては類まれな快適性を提供しました。この優れたシャシ設計は、のちにベントレー・マークVにも受け継がれることになります。

さらにレイスでは、25/30HPで見られた運転席ドア側にあるギアレバーやハンドブレーキレバーの位置を改善。運転席の手元近くに配置することで、乗り降りの際の危険性を大幅に軽減しました。こうした細部への配慮も、レイスの高級感を高める要素となっています。

しかし、レイスの輝かしい歴史は長くは続きませんでした。1939年、ドイツによるポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発。ロールス・ロイスは航空機用エンジンの生産に注力せざるを得なくなり、乗用車の生産は縮小。レイスの生産台数は、わずか数百台に留まりました。

レイスは、戦後のロールス・ロイスの新たな歴史を築くシルヴァーレイスへとつながる重要なモデルとなりました。その希少性と、戦火の中で生み出されたというドラマチックな歴史は、レイスを伝説的な存在へと押し上げました。レイスは、単なる高級車を超え、ひとつの時代を象徴する存在として、今なお人々の記憶に刻まれています。

参考文献

小林彰太郎『世界の自動車-21 ロールス・ロイス - 戦前』二玄社
高島鎮雄『世界の自動車-22 ロールス・ロイス ベントレー - 戦後』二玄社
* 『ワールド・カー・ガイド27ロールス・ロイス&ベントレー』ネコ・パブリッシング

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