ロールス・ロイス・V8

ロールス・ロイス V8試作車：革新と戦略の狭間で

1905年から1906年という時代、ロールス・ロイスは画期的な試作車V8を開発しました。この車両は、当時の主流であった電気自動車への対抗策として生まれたと言えるでしょう。当時、ガソリンエンジンの騒音や振動は大きな問題であり、多くの人々が静粛な電気自動車を好んでいました。

この状況を踏まえ、ロールス・ロイスの販売部門はフレデリック・ヘンリー・ロイスに対し、電気自動車にも匹敵する静粛性と広々とした室内空間を備えた自動車の設計を依頼しました。

ロイスの設計は驚くべきものでした。彼は、バルブの位置をバンク外側の低い位置に配置することで、車体全体の高さを極めて低く抑えることに成功しました。エンジンは、内径φ82.5mm×行程82.5mmという、当時としては大排気量の3,528cc、90度V型8気筒エンジンでした。さらに、このエンジンは当時の電気自動車と同様に車体床下に配置されました。

ギア比は、当時の市街地最高速度制限である20mph（約32km/h）を超えないように低く設定されました。その一方で、エンジン特性は非常に柔軟に設計されており、ギアチェンジがほとんど不要なほどスムーズな走行を実現していました。潤滑方式も革新的で、当時の主流であった滴下式ではなく、全圧送による潤滑を採用。これにより、黒煙を吐くことなく、効率的なエンジン稼働を実現しました。

これらの革新的な設計により、V8は極めて静粛で快適な乗り心地を提供しました。しかしながら、僅か数台の試作車にとどまり、市販されることはありませんでした。その理由は、ロールス・ロイスが当時開発を進めていたシルヴァーゴーストが、V8で目指した静粛性や快適性をすでに達成していたこと、そして、車種をシルヴァーゴーストに一本化する方針を採っていたことによるものです。

V8のエンジンは、ロールス・ロイス車の共通設計手法に従い、2気筒ずつ鋳造された鋳鉄製サイドバルブヘッドとシリンダーを、アルミニウム製クランクケースにボルト留めする構造でした。ホイールベースは106インチ（約2692.4mm）と、当時の車両としては比較的長いホイールベースを持ち、ゆったりとした室内空間を実現していました。

試作されたV8は4台と言われています。その内、シャシNo.23925の1号車とシャシNo.80500の3号車は、バーカー製のダブルランドーレットボディが装着され、「ザ・インヴィジブル」（The Invisible）と呼ばれていました。シャシNo.40518の4号車は、2人乗りのバーカー製フェートンボディを搭載し、「レガリミット」（Legalimit）と呼ばれていました。「レガリミット」という名称は、当時の市街最高速度制限を常用速度として設計されたことに由来しています。シャシNo.26539の2号車については、トラックボディを架装したという説もありますが、これに関する資料や写真は現存しておらず、詳細は不明です。

V8試作車は、ロールス・ロイス社の技術力の高さと、革新的な自動車開発への挑戦を象徴する存在でした。しかし、市場状況や企業戦略といった様々な要因が絡み合い、市販には至りませんでした。この試作車は、技術史における一つの重要なエピソードとして、今もなお人々の記憶に刻まれています。

参考文献

小林彰太郎『世界の自動車-21 ロールス・ロイス - 戦前』二玄社
『ワールド・カー・ガイド27ロールス・ロイス&ベントレー』ネコ・パブリッシング ISBN 4-87366-166-8

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