ワシリー・ネステレンコ

ワシリー・ネステレンコ：チェルノブイリの真実を追い求めた物理学者

1934年ウクライナ東部生まれのワシリー・ボリソヴィチ・ネステレンコは、ベラルーシを代表する物理学者として知られています。モスクワの大学を卒業後、ベラルーシ科学アカデミーの核エネルギー研究所で所長を務めるなど、華々しい経歴を歩みました。しかし、彼の名は、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故における活動によって、世界的に知られることとなります。

事故発生後、ネステレンコは政府当局の圧力にさらされながらも、被災住民の健康被害の防止に尽力しました。事故の実態解明を目指した調査活動では、度重なる妨害や脅迫にも遭い、研究所の貴重な放射線モニタリング装置を没収されたこともありました。それでも彼は信念を曲げず、真実を追求し続けました。

彼の揺るぎない姿勢は、1990年の民間研究所「ベルラド放射能安全研究所」設立へと繋がります。ネステレンコは同研究所の所長として、チェルノブイリ事故による放射能被害の防止と研究に生涯を捧げました。その活動は、学術論文や国際的な報告書、そして日本の専門誌への寄稿など、多様な形で世界に発信されました。

特に注目すべきは、1996年に日本の科学技術専門誌『技術と人間』に掲載された「チェルノブイリの苦い真実」です。この寄稿は、事故の隠蔽体質やその深刻な影響を克明に描き、国際社会に大きな衝撃を与えました。さらに1998年には、スイスのテレビ局が制作したチェルノブイリ事故に関するドキュメンタリー番組に出演。この番組は、NHKでも放映され、多くの視聴者に事故の爪痕の深さを訴えかけました。

ネステレンコは研究活動を通じて、チェルノブイリ事故の被害の深刻さを世界に訴え続けました。晩年となる2007年には、ロシアの生物学者アレクセイ・ヤブロコフ、そして自身の息子であるアレクセイ・ネステレンコ（現ベルラド研究所所長）と共に、膨大な文献調査に基づいた報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』をまとめました。この報告書で、ネステレンコは1986年から2004年までの事故による死者数を、少なくとも98万5000人と推計。その衝撃的な数字は、事故の甚大な影響を改めて世界に知らしめました。

ワシリー・ネステレンコは、権力に屈することなく、科学者としての良心と使命感をもってチェルノブイリ事故の真実解明と被害軽減に生涯を捧げました。彼の功績は、未来世代への警告として、そして、真実を追求する勇気の象徴として、長く記憶されることでしょう。彼の活動は、原子力発電所の安全性向上や、環境問題への意識向上に大きく貢献したと言えます。彼の尽力によって、私たちはチェルノブイリ事故から多くの教訓を得ることができ、将来の事故防止に役立てられています。ネステレンコが残した記録は、現在も世界中で研究者や活動家たちに活用され、より安全な未来を目指した活動を支えています。

もう一度検索