ワダンノキ

ワダンノキ（Dendrocacalia crepidifolia）

ワダンノキはキク科のワダンノキ属に属する常緑の小高木で、特に小笠原諸島にのみ自生する固有種です。この種は、東アジア地域のキク科植物として最も大きく成長することで知られています。1949年に安部公房の短編小説『デンドロカカリヤ』に登場することで、一般にも広く知られるようになりました。

分布と形態

ワダンノキは小笠原諸島の母島や向島、姪島に分布しています。かつては戦前に聟島にも存在したとの報告がありますが、1968年の調査でその姿は確認されていません。おそらく野生化したヤギの影響で絶滅したと考えられています。日本産のキク科植物の中では非常に珍しい木本性植物で、樹高は3から5メートルに達し、幹の直径は10センチメートル以上にもなります。このように大きく成長する木本のキク科植物は、ワダンノキ以外には確認されていません。

ワダンノキは母島の標高300メートル以上の雲霧帯に生息し、大きく成長する個体は特に稜線の草地や疎林地に見られますが、樹林内部ではあまり成長しません。また、向島や姪島では若干湿った環境にも適応しているとの報告があります。

その葉は長楕円形で、互生し、長い葉柄を持ちます。花期は11月下旬から12月上旬までで、枝先に平たい散房状の円錐花序が形成され、多くの淡紅紫色の頭花をつけます。一つの頭花は約10ミリメートルの長さを持ち、通常5個の筒状花冠からなります。

従来は雌雄異株と見なされていましたが、最近の研究により、実際には両性花も存在することが指摘されています。発芽直後のワダンノキは草本植物と似ており、柔らかい緑の茎と大きな葉を持っています。木本化したのは、洋島である小笠原諸島に定着した草本的な祖先種が進化した結果であると考えられていますが、正確な系統関係は未解明です。

名称の由来

ワダンノキという名称は、元々1915年に中井猛之進が記載した際の和名「ニガナノキ」として知られており、当初はCacalia属に分類されました。その後、1928年に新たにワダンノキ属（Dendrocacalia）が設置され、本種はD. crepidifoliaとして再記載され、正式に「ワダンノキ」と名付けられました。属名のDendrocacaliaは「木になるコウモリソウ」を意味し、種小名crepidifoliaは「クレピスに似た葉」を示しますが、実際の葉の形はあまり似ていません。このことは中井が直感的に類似を感じ取ったためだとされています。

保全状況

ワダンノキは絶滅危惧II類（VU）に指定されており、環境省のレッドリストに掲げられています。小笠原諸島の自然環境を体現するこの植物が再び生息域を広げることが期待されています。

文学における存在

安部公房の短編小説『デンドロカカリヤ』において、ワダンノキは作中で重要な役割を果たし、主人公がこの植物に変身する幻想的な物語が展開されます。そのため、英語名でもある「Dendrocacalia」は、文学作品の中で特別な位置を占めています。

このように、ワダンノキはその独特な成長と小笠原の自然環境における位置付けから、自然愛好者や植物学者を魅了し続けています。

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