ワニのパラドックス

ワニのパラドックスとは

自己言及のパラドックスの一例で、「人食いワニのジレンマ」とも呼ばれます。あるワニが、捕らえた赤ん坊の母親に対して「私がこの赤ん坊をどうするか、あなたが正確に言い当てられたら返そう」と持ちかける状況から生じる論理的な問題です。

歴史的背景

この種の論理的ジレンマは古くから知られており、古代ギリシャの作家ルキアノスの著作『人生登攀』にも類似の記述が見られます。また、『不思議の国のアリス』の作者として知られる数学者ルイス・キャロルも、この問題を「クロコディルズ（Crocodilus）」と題して紹介しています。

パラドックスの構造

物語において、母親は熟慮の末、「あなたは私の赤ん坊を食べるでしょう」とワニに答えます。この一見シンプルな返答が、論理的なジレンマを生み出します。

ワニが赤ん坊を食べようとする場合： 母親の予言が正しかったことになります。ワニは最初の約束通り、予言を当てた母親に赤ん坊を返さなければなりません。しかし、それはワニが赤ん坊を食べないという行動になり、最初の「食べる」という選択と矛盾が生じます。
ワニが赤ん坊を食べない場合： 母親の予言は外れたことになります。ワニは約束に従い、予言を外した母親の赤ん坊を食べるべきことになります。しかし、これはワニが赤ん坊を食べないという最初の前提と矛盾します。

このように、ワニがいずれの行動を選択しても、自身が課した規則と母親の予言の結果が矛盾し、論理的に破綻してしまいます。結果として、ワニは赤ん坊を食べもせず、返しもできない状態に陥ります。

母親の対応の意味

母親が敢えて「ワニが赤ん坊を食べてしまう」という、最も避けたい結末を予言として選んだことは、この論理構造を見抜いた賢明さを示唆しています。ワニが食べる選択をしても、食べない選択をしても矛盾が生じ、結局ワニは行動を停止せざるを得なくなるためです。

論理的な循環とその例え

哲学者で数学教育者の野崎昭弘氏は、このパラドックスがワニの行動に引き起こす無限の循環状態を、電鈴（電気ベル）が鳴り続ける仕組みに例えて説明しました。ベルのスイッチを入れると電磁石が鉄片を引きつけハンマーがベルを叩くが、鉄片が引きつけられると回路が切れて電磁石の力がなくなり鉄片が元に戻り、再び回路がつながって…という繰り返しが、ワニが「食べるために口を開け、食べないために口を閉じ…」という堂々巡りに似ていると解説しました。

他のバリエーション

このワニのパラドックスと類似した論理構造を持つ自己言及のジレンマは、様々な物語や思考実験で見られます。

予言者と国王： 死刑判決を受けた予言者が、国王から「予言が当たったか外れたかで処刑方法を決める」と告げられ、「私は絞首刑になる」と予言した場合に生じるジレンマです。
ライオンのパラドックス： テレビドラマ『古畑任三郎』で、冒険家とライオンのやり取りとして紹介されました。
* 橋の通行人： 『ドン・キホーテ』のエピソード。真実を申告しないと絞首刑の橋で、「私は絞首刑になるために来た」と申告した男に対し、規則の執行者が判断に窮するジレンマです。サンチョ・パンサは男を通す裁定を下しました。

これらの例は、単純な規則や予言が自己言及を含むことで、論理的な破綻を招く可能性を示しており、パラドックスの興味深い一面を浮き彫りにしています。

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