ワンダービット

ワンダービット

『ワンダービット』は、漫画家・島本和彦氏がかつてアスキー出版（現在のKADOKAWAエンターブレイン）から刊行されていたパソコンゲーム雑誌『ログイン』に連載した短編漫画集です。単行本は全4巻が発売され、作者自らが「熱血SF短編集」と称しています。

作品スタイルと特徴

本作は原則として各エピソードが一話完結形式で描かれています。しかし、中には例外も存在し、特に第一話から登場する謎めいた天才科学者「首藤レイ」は、多くのエピソードで重要な役割を担います。彼は物語の主人公ではありませんが、自身の発明や知識を提供することで、異なる主人公たちのストーリーに影響を与え、作品全体にゆるやかな繋がりやシリーズとしての印象を与えています。

作風の大きな特徴として、一話完結という形式を活かし、各エピソードごとに作画やコマ割り、構図などに大胆かつ実験的な表現が試みられている点が挙げられます。例えば、「タイムバンデッド」では全編を鉛筆画で描くという挑戦的な試みがなされており、作者自身がその作業の大変さを語るコメントが掲載誌に寄せられました。また、「三つの友情」では、縦の段を丸ごと使ったコマ割りを基本とし、1ページをわずか2コマで構成するなど、視覚的なインパクトを重視した演出が多く見られます。

主要なテーマ

作品全体を通して繰り返し扱われるテーマの一つが「ヒーロー」です。「これが正義だ！」というエピソードでは、地球上の多種多様な「自称ヒーロー」たちが集結し、「正義とは何か」について議論を交わす場面が描かれており、島本氏自身が考える多様なヒーロー像が探求されています。また、「ジャスティスタント参上！」のように、作者自身をモデルにしたような漫画家が悪徳出版社と戦うなど、一般的なスーパーヒーロー像とは異なる、あるいはそれを皮肉るような形でヒーローが描かれることもあります。

もう一つの重要なテーマは「失敗」です。首藤レイの優れた発明品や実験は、いざ稼働すると予期せぬ影響が現れて中断されたり、成果がいまひとつに終わるエピソードが少なくありません。他にも、正義のヒーローが自身の信念に悩んだり、壮大な計画が些細なことから頓挫したりと、「失敗」の影は常に作品内にちらついています。科学が必ずしも人類を幸福にしないというSFのテーマは珍しくありませんが、それをストレートに「失敗」として描く本作のアプローチは異色と言えるでしょう。また、「失敗」を描くことで生まれる、島本作品ならではのユーモラスなギャグ要素も魅力の一つです。

「霊界トトカルチョ」や「敵に勝つより己に勝て！」といったエピソードでは、超常的な現象を絡めつつも、人間の人生観や価値観について深く考えさせるような物語が展開されており、コンピュータ雑誌に連載された漫画としては異彩を放つ内容となっています。

主要登場人物

前述の通り主人公はエピソードごとに変わりますが、複数回登場したり、読者に強い印象を残すキャラクターを紹介します。

首藤レイ: 非常に高い知見を持つ科学者。年齢や過去は不明瞭な点が多く、過去には女性だったこともあります。クローン、遺伝子工学、ロボット工学、タイムマシンなど多岐にわたる発明を手掛けますが、必ずしも成功するとは限りません。多くのエピソードに登場し、物語の根幹に関わることが多い存在です。
ビッグラバー: 自称「女にもてないいい男」。当初は外見至上主義を掲げますが、後に自らの誤りに気づき、全人類の価値観を問い直すための壮大な「全人類外見美化計画」を実行しようとします。その行動力は驚くほど高いものの、良くも悪くも周囲を巻き込むトラブルメーカーです。
ドクターボディー: 生身の肉体を機械に置き換えた医師。機械の体に移った意識とは別に、優秀な頭脳を持つ生身の体が悪人に利用され、改造人間と戦うことになります。後にビッグラバーの計画に協力する姿も描かれています。
バーニンガイ: 悪の組織に両親を殺され、復讐を誓うヒーロー。しかし、個人の復讐を「正義」と称することの是非を問われたり、時代の正義観の変化に直面したりと、自身の正義に苦悩する姿が描かれます。
ガイファックス: 助けを求めるファックスを受信すると現れる正義のヒーロー。特殊能力はありませんが、相手の心の核心を突く言葉で悪を打ち破ります。ファックス以外では呼び出せないのが弱点です。
炎尾燃: 島本氏の他作品にも登場する漫画家。作者自身の分身とも言えるキャラクターで、本作にも登場し、実体験に基づいたようなエピソードも描かれます。他に「カズ島本」という別の漫画家キャラも登場します。
古田シュウ: 炎尾燃のアシスタントで、当時のアシスタントがモデル。カラオケとヒーローを愛する熱い人物。炎尾が関わらないエピソードでは主人公を務め、「自ら悪の組織を立ち上げて息子に討たせる」という壮大な計画を実行しようとしますが、予期せぬ展開を迎えます。

収録作品例

多種多様なエピソードが収録されています。いくつか特徴的なものを挙げます。

『勲章』: クローン技術と、危険を冒して「ヒーローのように生きる」ことの意味を問う物語。
『I LOVE NASU』: 食べ物に自由意志を与える発明品が、好き嫌いの激しい人間に思わぬ影響を与えるユニークなSF。
『ロボットの願い』: 人間になりたいと願うロボットが人助けに奔走しますが、その結果は予想外でした。
『コックローチマン登場』/『コックローチマン最終話』: ゴキブリの能力を得たヒーローの活躍と苦悩を描きます。最終話は掲載間隔を開けることで、描かれなかった戦いを想像させる演出が試みられました。
『東京大パニック 環境怪獣アスキング現わる』: 自然発生した怪獣に対し、巨大化した女子プロレスラーが立ち向かうという、当時の作者の趣味や時事ネタを反映したエピソードです。
『プロフェッショナル・ラバーズ』: 売れっ子恋愛小説家夫婦が、夫の浮気を巡ってそれぞれの視点で小説を書き、読者の支持で勝負するという、レディースコミック風のタッチで描かれた異色作です。
『ある引っ越し』: 首藤レイが山奥の研究所に引っ越した際に、その物件がかつて悪の組織の拠点だったことから無関係な争いに巻き込まれる騒動を描きます。作者自身の引っ越し体験が元になっています。

関連作品

『ワンダービット』に先行して『ログイン』に連載されていた島本氏の漫画作品に『インサイダーケン』があります。本作には『インサイダーケン』の後日談にあたるエピソードが収録されており、また『インサイダーケン』の単行本は『ワンダービット インサイダーケン編』として刊行されるなど、関連性が深い作品です。

全体として、『ワンダービット』はSFというジャンルを舞台に、島本和彦氏らしい熱血表現と、多様なテーマや実験的なアプローチを詰め込んだ、読み応えのある短編集と言えるでしょう。ヒーローの在り方、失敗の意義、そして人間ドラマが、時に真剣に、時にユーモラスに描かれています。

もう一度検索