ワーワン・プレス

ワーワン・プレス

ワーワン・プレス（Wa-Wan Press）は、20世紀初頭のアメリカ音楽史において特異な光を放った音楽出版社です。作曲家アーサー・ファーウェルによって1901年、マサチューセッツ州ニュートン・センターに設立されました。その設立意図は明確であり、当時のアメリカにおける音楽、特にクラシック音楽において、ドイツの影響から脱却し、真にアメリカ独自の音楽スタイルを確立することにありました。

この理想を追求するため、ワーワン・プレスは「インディアニスト運動」と呼ばれる一群の作曲家たちの作品を中心に世に送り出しました。これは、アメリカ大陸の先住民（インディアン）の伝統的な旋律やリズムを自らの創作に取り入れる試みであり、アメリカ固有の音楽的基盤を模索する動きでした。創設者であるファーウェル自身もこの運動の旗手であり、彼がワーワン・プレスを立ち上げる直接的な契機となったのは、自身のアメリカ先住民の旋律に基づく楽曲集『American Indian Melodies』の出版に際し、既存の出版社から拒否された経験があったためです。

ファーウェルがアメリカ独自の音楽への関心を深めた背景には、著名な作曲家アントニン・ドヴォルザークの影響がありました。1890年代にナショナル音楽院の院長を務めていたドヴォルザークは、アメリカの作曲家たちに自国の民俗音楽に目を向けるよう奨励しており、民俗音楽を巧みに自作に取り入れたドヴォルザークの姿勢は、ファーウェルにとって大きな刺激となりました。ファーウェルはコーネル大学で教鞭をとっていた時期に、既にアメリカ先住民の音楽に基づいた作品の作曲を始めていました。

「ワーワン（Wa-Wan）」という名称は、オマハ族の伝統儀式に由来し、「誰かに歌いかける」という意味を持っています。これは、音楽を通じて人々に語りかけ、新たな音楽文化を創造するという出版社の精神を象徴していました。出版社は設立当初、大規模な財政支援を受けることなく、ファーウェル自身の自宅を拠点とし、彼とその父だけで運営されるという、非常に個人的な事業としてスタートしました。

1901年には、ファーウェル自身の『American Indian Melodies』に加え、エドガー・スティルマン・ケリーの作品が出版され、これがワーワン・プレスの最初期の刊行物となりました。ファーウェルは、この出版活動が「ドイツ人の支配」下にあると考えられていたアメリカの音楽界に革命をもたらすものと強く信じていました。彼は、当時のアメリカ音楽が「何でもドイツ人のメガネを通して見るばかり」であると批判し、この状況への反抗は歴史的に必然であると主張しました。

最初の5年間、ワーワン・プレスは定期購読制を敷き、年間8ドルの購読料で四半期ごとに声楽曲と器楽曲をそれぞれ1曲ずつ提供しました。この購読者数は着実に増加し、1907年には毎月新しい楽譜が発行されるまでに成長しました。同年、ファーウェルは「アメリカの作曲家たちとアメリカ人の音楽生活の利益の前進」を目的とするワーワン協会を設立し、活動の幅を広げました。定期購読に加え、一般向けの楽譜販売も開始され、ファーウェル自身が楽譜に解説やエッセイを付け加えたり、表紙の斬新なデザインを手がけたりすることも多く、彼はこれらの仕事に特別な誇りを持っていました。

しかし、1908年頃から経営は陰りを見せ始め、定期購読者の減少により財政的な困難に直面します。そして、設立から11年を経た1912年、ワーワン・プレスはその活動に終止符を打ちました。当時、ファーウェルは既に著名な音楽評論家として活躍しており、出版社への情熱が薄れていたことも背景にあったと言われています。最終的に、ワーワン・プレスは大手出版社G・シャーマー社に事業を譲渡しましたが、G・シャーマー社は譲渡された事業を長く続けることなく廃止しました。

11年間の活動期間中、ワーワン・プレスはカルロス・トロイヤー、ルービン・ゴールドマーク、ヘンリー・F・ギルバートらを含む37人の作曲家の作品を出版しました。特筆すべきは、その中に9人の女性作曲家が含まれていたことです。ワーワン・プレスの活動は、ファーウェルが夢見た「クラシック音楽の革命」とまではなりませんでしたが、アメリカ独自の音楽語法を模索する作曲家たちの貴重な発表の場となり、後世にその成果を残しました。1970年には、アーノ・プレスと『ニューヨーク・タイムズ』の共同事業として、ヴェラ・ブロドスキ・ローレンスの編集により、ワーワン・プレスが出版した全ての楽曲が5巻本として復刻され、その歴史的価値が再認識されています。

※この解説は、特定の情報源に基づき、辞書項目として再構成したものです。

もう一度検索