ヴァレリー・ゲルギエフ

ワレリー・ゲルギエフ：輝かしい功績と影の部分

ワレリー・ゲルギエフは、20世紀後半から21世紀にかけて活躍するロシアを代表する指揮者の一人です。1953年、モスクワに生まれた彼は、オセット人の両親のもと、ピアニストである姉ラリッサ・ゲルギエワと共に育ちました。北オセチア共和国のオルジョニキゼ（現ウラジカフカス）で音楽教育を受けた後、レニングラード音楽院（現サンクトペテルブルク音楽院）に進学し、イリヤ・ムーシンに師事して指揮法を学びました。在学中には、カラヤン指揮者コンクールで2位、全ソ指揮者コンクールで1位を獲得するなど、早くからその才能を認められました。

1977年にレニングラード音楽院を卒業したゲルギエフは、キーロフ劇場（現マリインスキー劇場）でテミルカーノフの助手として指揮者のキャリアをスタートさせます。そして1988年、わずか35歳でキーロフ劇場の芸術監督に就任。ソビエト連邦崩壊後の混乱期という困難な状況の中、国際的な支援を得ながら、ロシアの古典オペラに新たな演出法を取り入れ、劇場の改革に尽力しました。

ゲルギエフは、アンナ・ネトレプコなど多くの新人歌手を発掘育成し、姉であるラリッサとともにマリインスキー劇場を世界的な舞台へと押し上げました。1996年には劇場の総裁に就任し、劇場の総責任者としての役割も担いました。マリインスキー劇場管弦楽団を率いて世界各地で公演を行い、ロンドンやニューヨークなどでも成功を収めました。日本においても、マリインスキー劇場管弦楽団や、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団など多くのオーケストラを指揮し、日本の主要オーケストラとの共演も多く重ねています。

2007年にはロンドン交響楽団の首席指揮者に就任。プロコフィエフの作品を中心に演奏活動を行う一方、マーラーの交響曲全集の録音なども行い、2011年にはプロコフィエフの『ロメオとジュリエット』の録音でBBC Music Magazine AwardsのDisc of the year賞を受賞するなど、高い評価を得ました。また、ソチオリンピック閉会式では、1000人の少年合唱団を指揮するなど、その活動は多岐に渡ります。2015年から2022年までミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めた後、2023年にはロシア政府よりボリショイ劇場の総支配人に任命されました。

ゲルギエフは、音楽を通じて国際平和を訴え、自身の出身地である北オセチアで起こったテロ事件や新潟県中越地震の被災地への支援活動なども行っています。ジョージア（旧呼称グルジア）と南オセチア紛争においては、ロシア政府を支持する発言を行い、南オセチアで追悼コンサートを開催するなど、政治的な発言や行動も目立ちました。

しかし、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を巡っては、ゲルギエフはプーチン大統領への支持を表明したとされ、多くの批判を受けました。プーチン大統領との長年の親交が指摘される中、彼の沈黙は、世界中のオーケストラや音楽祭から解雇・解任、公演中止に繋がり、国際的なキャリアに大きな影を落とすことになりました。所属事務所からの解雇、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団からの解雇、スウェーデン・アカデミーからの追放など、相次ぐ批判と処分は、彼の活動に大きな影響を与え、世界中の音楽界に衝撃を与えました。

ワレリー・ゲルギエフは、卓越した指揮技術とマリインスキー劇場の再興に大きく貢献した功績は高く評価される一方、プーチン大統領への支持を表明したことで、芸術家としての倫理観を問われることになりました。その功績と物議を醸した行動は、これからも議論の的となるでしょう。彼の生涯は、芸術と政治が複雑に絡み合う現代社会における、芸術家の役割について深く考えさせるものです。

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