ヴァレリー・チカロフ

ヴァレリー・パヴロヴィチ・チカロフ

ソビエト連邦の歴史において、航空技術の発展と国家の威信向上に貢献した伝説的な飛行士、それがヴァレリー・パヴロヴィチ・チカロフ（ロシア語: Валерий Павлович Чкалов、1904年2月2日 - 1938年12月15日）です。彼はその輝かしい功績から、国家最高の栄誉であるソ連邦英雄の称号を授与されました。

輝かしい長距離飛行の偉業

チカロフの名を世界に知らしめたのは、彼の成し遂げた歴史的な長距離無着陸飛行です。

1936年6月、彼は高性能なツポレフ ANT-25機に搭乗し、モスクワを出発しました。その飛行経路は、当時の常識を覆す過酷なもので、広大な北極点上空を通過し、遥か東シベリアのアムール川河口に位置するウッド島（後にその功績を記念してチカロフ島と改称される）を目指すというものでした。この壮大な挑戦は、実に9,374キロメートルにおよぶ距離を、56時間20分という驚異的な時間で無着陸で飛び切るという形で成功裡に終わりました。これは当時の航空技術における大きな飛躍を示すものでした。

この成功に続き、翌1937年には、さらに野心的な飛行計画が実行されます。再びANT-25に乗り込んだチカロフは、モスクワから再び北極点を越え、今度は大西洋ではなく太平洋を横断し、アメリカ合衆国のバンクーバーを目指しました。この飛行は12,000キロメートルを優に超える距離を、63時間25分かけて踏破するというものでした。この前人未踏の記録樹立により、ヴァレリー・チカロフは無着陸飛行の世界記録保持者として、その名を航空史に深く刻むことになりました。

これらの驚異的な長距離飛行は、ソビエト連邦の航空技術力を世界に示すとともに、国民に大きな希望と誇りを与えました。その輝かしい功績が認められ、1938年には彼にソ連邦英雄の称号が授与されました。

悲劇的な最期

偉大な飛行士チカロフの人生は、突如として終わりを告げます。1938年12月15日、彼は新型戦闘機I-180の試作機による初飛行試験に臨んでいました。無事離陸に成功し、飛行場周辺を一周した後、着陸態勢に入ろうとしたまさにその時、機体はエンジントラブルに見舞われました。エンジンが突然停止したのです。

チカロフは懸命に機体を立て直し、滑走路手前の空き地への緊急着陸を試みたものの、機体は制御を失い、地面に激しく衝突して転覆しました。この事故により、彼は重傷を負い、残念ながらその日のうちに帰らぬ人となりました。

事故の原因については、様々な推測がなされています。有力な説としては、飛行前夜に気温が極端に冷え込んだにもかかわらず、エンジンの適切な保温が行われなかったことや、チカロフ自身による飛行前の機体点検が不十分であった可能性が指摘されています。また、このI-180型機は、その後の試作機においても墜落事故が相次ぎ、複数のテストパイロットが命を落としていることは特筆すべきであり、機体自体の問題も示唆されています。

遺された名

チカロフの死後も、彼の偉業は忘れられることはありませんでした。彼の功績に敬意を表して、いくつかの地名にその名が冠されています。

オレンブルク市は、1938年から1957年までの間、「チカロフ」と呼ばれていました。また、彼の生地であるヴァシリョヴォ村も、1938年以降「チカロフスク」と改称され、現在に至るまでその名が残されています。

ヴァレリー・チカロフは、その卓越した操縦技術と不屈の精神で航空史に輝かしい一ページを刻みましたが、同時に新型機の開発という危険と隣り合わせの任務中に命を落としました。彼の偉大な功績と、飛行機開発の初期における困難とリスクを象徴する悲劇的な最期は、ソビエト連邦の人々の記憶に深く刻まれています。

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