ヴィーナスとキューピッド (クラナッハ、エルミタージュ美術館)

ルーカス・クラナッハ（父）が1509年に制作した油彩画『ヴィーナスとキューピッド』は、ドイツ・ルネサンス美術における重要な作品の一つです。元々は板に描かれていましたが、現在はキャンバスに移されています。この作品は、クラナッハが神話を題材にした最初の絵画であり、等身大のヴィーナスとキューピッドが描かれています。現在、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されています。

この作品が描かれる2年前の1507年、アルブレヒト・デューラーは、アルプス以北で最初の油彩によるルネサンス的裸体画『アダムとイヴ』を制作しました。クラナッハの『ヴィーナスとキューピッド』は、デューラーの作品から影響を受け、構図、ヴィーナスの脚部の表現、小石の散らばった地面の描写など、多くの点で共通点が見られます。しかし、この作品は、クラナッハが描いた一連のヴィーナス像の中で最も初期のものであり、アルプス以北でヴィーナスを裸体で描いた最初期の作品の一つでもあります。

絵の中央に描かれているのは、9頭身に近いプロポーションを持つヴィーナスです。彼女の後ろには、愛の矢をつがえて鑑賞者を狙うキューピッドが描かれています。ヴィーナスの頭上には、ラテン語で「ヴィーナス（愛欲）の虜にならぬよう、キューピッドに心せよ」という意味の言葉が記されています。

クラナッハは、色数を抑え、ヴィーナスとキューピッドの身体の美しさに焦点を当てました。彼らの単純で線的な輪郭は、黒い背景の中で荘厳に浮かび上がっています。画面の中で特に明るく描かれているのは、ヴィーナスの首にかかるトルコ石のビーズと、キューピッドの首にかかる赤いビーズです。ヴィーナスの引き伸ばされた身体表現は、後のクラナッハ作品における典型的な人物像を予感させます。

この作品は、クラナッハの初期の作風を示す重要な例であり、ルネサンス美術における裸体表現の発展を理解する上で不可欠な存在です。デューラーの影響を受けながらも、クラナッハ独自の様式を確立していく過程が見て取れます。特にヴィーナスの優美で洗練された姿は、観る者を魅了します。この作品は、単なる神話画にとどまらず、芸術家の才能と創造性を体現する傑作と言えるでしょう。

参考資料として、以下の文献が挙げられます。

『クラーナハ展500年後の誘惑』、国立西洋美術館、ウィーン美術史美術館、TBS、朝日新聞社、2016年刊行　ISBN 978-4-906908-18-9
五木寛之編著『NHK エルミタージュ美術館 3 近代絵画の世界』、日本放送出版協会、1989年刊行 ISBN 4-14-008625-4
高橋達史・高野禎子責任編集『名画への旅　第10巻　美はアルプスを越えて　北方ルネサンスII』、講談社、1992年刊行　ISBN 4-06-189780-2

また、以下の外部サイトで作品を閲覧することができます。

エルミタージュ美術館公式サイト、ルーカス・クラナッハ『ヴィーナスとキューピッド』 (英語)
* Web Gallery of Artサイト、ルーカス・クラナッハ『ヴィーナスとキューピッド』 (英語)

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