ヴェンドラミン家の肖像

ヴェンドラミン家の肖像：ティツィアーノの壮大な群像画

『ヴェンドラミン家の肖像』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1540年から1545年頃にかけて制作した油彩画です。この作品は、ヴェネツィアの有力貴族であるヴェンドラミン家からの依頼によって描かれ、ティツィアーノが手掛けた最大の群像肖像画として知られています。また、『聖十字架を礼拝するヴェンドラミン家』や『ヴェンドラミン家の奉献肖像画』とも呼ばれています。

制作背景：聖遺物とヴェンドラミン家

ヴェンドラミン家は、ヴェネツィアにおいて重要な地位を占める貴族でした。14世紀に、キリストが磔刑に処された十字架の一部とされる聖遺物が、アンドレア・ヴェンドラミンに与えられたことが、この家族にとって重要な意味を持ちました。この聖遺物がヴェネツィアの運河に落下した際、奇跡的に水面に浮かび上がったという逸話は、ジェンティーレ・ベッリーニによって絵画化されています。ヴェンドラミン家にとって、この聖遺物は家族の象徴であり、誇りでもありました。

この群像肖像画に描かれているのは、聖遺物を受け取ったアンドレアの曾孫であるアンドレア・ヴェンドラミン（1481年-1547年）とその弟ガブリエレ・ヴェンドラミン（1484年-1552年）、そしてアンドレアの息子たちです。アンドレアは妻ルクレツィアとの間に7人の息子と6人の娘をもうけました。一方、弟ガブリエレには子供がいませんでした。ヴェンドラミン家は、石鹸の製造、販売、輸出で富を築き、一族の叔父にあたるドージェ・アンドレア・ヴェンドラミンは、ヴェネツィアでも屈指の富豪として知られていました。弟ガブリエレは美術コレクターとしても有名で、ジョルジョーネの傑作『テンペスタ』を所蔵していました。

作品詳細：家族の敬虔な姿

絵画の中心には、ヴェンドラミン家の人々が、銀箔と水晶で飾られたゴシック様式の聖遺物箱の前でひざまずく姿が描かれています。この聖遺物箱には、磔刑の十字架の木片が収められています。画面全体は、聖遺物に対する家族の深い敬意と、荘厳な雰囲気に満ちています。同信会員は男性に限られていたため、アンドレアの6人の娘は描かれていません。ティツィアーノは、多くの登場人物を通じて、人生のさまざまな段階を表現しており、特に画面右端に描かれた幼い子供たちは、この厳粛な場面に無邪気に振舞っている姿が印象的です。

画面中央に立つ年配の男性2人の正体については諸説あります。赤外線リフレクトグラフィーによる調査から、ティツィアーノが制作過程で構想を変更したことが明らかになっています。当初は顎髭の長い人物が家族を祭壇に導く役割を担っていましたが、完成作では、祭壇に手を置く人物がその役割を担っています。この人物がアンドレアで、赤いローブを着た人物が弟のガブリエレ、画面左端の人物がアンドレアの長男ルナルドであるという説が有力です。しかし、祭壇の横に描かれた最年長の男性がガブリエレで、その隣にいるのが大司教、画面左端の人物がアンドレアであるという見解もあります。また、最年長の男性を聖遺物と関わりの深い曽祖父アンドレア・ヴェンドラミンとして描いたという説も存在します。

最年少の子供で、スパニエル犬を抱いているフェデリゴ・ヴェンドラミン（1535年-1583年）は実在の人物をモデルにしたと考えられています。フェデリゴの年齢から、この部分の制作は1541年頃と推定されています。父アンドレアは1547年1月に死去し、長男ルナルドも同年10月に亡くなっていることから、肖像画はそれ以前に制作されたと考えられます。X線撮影や赤外線リフレクトグラフィーによって、ルナルドの位置が変更されていることが判明しています。絵画の優れた箇所は1540年代初頭のティツィアーノの様式と一致していますが、画面左側の3人の息子たちと、右側の2人の息子たちは、ティツィアーノの工房の助手であるオラツィオ・ヴェチェッリオやジローラモ・ダンテによって描かれたと推測されています。特に左下隅の3人の息子は後から追加された可能性が高く、他の部分との不調和が指摘されています。

この作品は保存状態があまり良くありません。特に空の部分は絵具が薄くなっており、若い男性の頭部から背中にかけて、下層のペンティメンティ（変更箇所）を確認することができます。

来歴：ヴァン・ダイクからナショナル・ギャラリーへ

本作は、1569年にガブリエレ・ヴェンドラミンの目録に記録された後、肖像画家アンソニー・ヴァン・ダイクのコレクションに加わりました。美術史家ハロルド・エドウィン・ウェゼイによれば、ヴァン・ダイクは1627年頃にイタリアから帰国した際に本作を入手し、1635年にイギリスへ持ち込んだとされています。しかし、この時点ではまだヴェネツィアにあったとする説もあります。

ヴァン・ダイクの死後、絵画は未亡人と結婚したリチャード・プライス卿に渡り、その後、借金返済のために手放されました。その後、17世紀中ごろに第10代ノーサンバーランド伯爵アルジャーノン・パーシーの手に渡り、1929年にナショナル・ギャラリーがノーサンバーランド公爵から122,000ポンドで購入し、現在に至ります。

『ヴェンドラミン家の肖像』は、ティツィアーノの卓越した画力と、ヴェネツィア貴族の繁栄を今に伝える傑作として、美術史において重要な位置を占めています。

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