ヴォルフガング・ベルトラッキ

ヴォルフガング・ベルトラッキ（Wolfgang Beltracchi, 1951年2月4日 - ）は、ドイツ出身の画家であり、かつて美術界を揺るがす大規模な贋作詐欺を働いたことで知られる元美術贋作師です。彼は妻ヘレーネと共に、著名な芸術家の手によるものと偽って、数多くの贋作を制作・販売し、数百万ユーロ、推定では1億ドルを超える巨額の利益を得たとされています。

ベルトラッキの犯行は、既存の有名な絵画を模倣するのではなく、マックス・エルンスト、ハインリヒ・カンペンドンク、フェルナン・レジェ、キース・ヴァン・ドンゲンといった巨匠たちの特定の作風を巧みに再現し、あたかも未発見の作品であるかのように仕立て上げる手法が特徴でした。彼はこれらの偽作に「ベルトラッキ・コレクション」や「イェーガー・コレクション」といった架空の由緒ある出所を捏造し、その信憑性を高めるために、贋作を背景に妻ヘレーネを祖母に見立てて撮影した偽の古写真まで作り出しました。

詐欺は長年にわたり続けられ、彼らの贋作は世界中の画廊やオークションハウス、さらには著名なコレクターや美術館にまで販売されました。公式に有罪が確定した14点の贋作だけでも、その販売総額は4500万ドルに達するとされています。しかし、彼自身は50人以上の画家の作品、数百点に及ぶ贋作を制作したと主張しており、警察が把握しているリストも年々増加しています。

犯行が発覚したのは、ハインリヒ・カンペンドンク作とされた絵画『馬のいる赤い絵』に、カンペンドンクが活動していた時代には存在しなかった顔料「チタニウムホワイト」が含まれていることが判明したためです。ベルトラッキは通常、対象となる画家の年代に合った絵の具を使用するなど細心の注意を払っていましたが、この作品では自ら絵の具を調合せず、現代の絵の具を用いたことが決定的な証拠となりました。

この科学的鑑定の結果を受け、2010年8月にヴォルフガングとヘレーネは逮捕されました。共犯者とされるオットー・シュルテ＝ケリングハウスも逮捕されました。2011年秋に行われた裁判では、ベルトラッキは起訴された14点の贋作制作を認め、懲役6年の実刑判決を受けました。妻ヘレーネには懲役4年、シュルテ＝ケリングハウスには懲役5年が言い渡されました。また、夫妻には数百万ユーロの賠償金支払いが命じられました。

彼の生涯を辿ると、1951年に西ドイツで絵画修復師の父のもとに生まれました。14歳でピカソの模写を始め、美術学校に進むも退学。若い頃は薬物や放浪生活を送り、その中で少しずつ贋作制作を始めたとされます。1993年にヘレーネと結婚し、彼女の姓を名乗るようになりました。

服役中、ベルトラッキ夫妻は開放式刑務所に収容され、日中は外部で制作活動を行うことを許されていました。ヴォルフガングは約3年半の服役を経て2015年1月に出所しました。出所後は、贋作ではなく自身の名義で作品を発表することを条件に釈放され、現在はスイスを拠点に活動しています。彼の出所後の作品も、美術市場で高額で取引されていると報じられています。

ベルトラッキ事件は美術界に大きな衝撃を与え、多くの美術史家や鑑定機関が彼の贋作を見抜けなかった事実が明らかになりました。これにより、真贋鑑定の信頼性や責任を巡る議論、そして訴訟が多数発生しました。この事件は、関連書籍やドキュメンタリー映画のテーマにもなっています（例：ドキュメンタリー映画『Beltracchi – Die Kunst der Fälschung』）。彼の物語は、美術市場の脆弱性と、天才的な模倣犯が引き起こす混乱を浮き彫りにしています。特に、贋作と判明したハインリヒ・カンペンドンクの『馬のいる赤い絵』を巡っては、購入者であった企業がオークションハウスを提訴し、最終的に賠償金が支払われるという事例も発生しており、被害者への補償という点でも注目されました。

彼の詐欺行為は許されるべきものではありませんが、その模倣技術と巧妙な手口は美術界関係者を大いに惑わせました。出所後の活動で自身の才能を正当な形で表現していることは、彼の複雑な一面を示しています。ヴォルフガング・ベルトラッキは、その特異な経歴と才能、そして起こした事件の大きさから、現代美術史において無視できない存在となっています。

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