上伊那図書館

上伊那図書館：歴史と建築美を今に伝える旧図書館

上伊那図書館は、長野県伊那市に存在した私立図書館で、その建物は現在、伊那市創造館として活用されています。地域における教育・文化の拠点として重要な役割を果たしたこの図書館の歴史と、特徴的な建築について詳しく見ていきましょう。

開館までの道のり

1921年、上伊那教育会が図書館建設を訴え、設立基金の積み立てを開始したことが、上伊那図書館の歴史の始まりです。折しも、製糸家である武井覚太郎が欧米視察で図書館の重要性を痛感し、多額の私財を投じて図書館を建設し、上伊那教育会に寄贈しました。武井は、地域社会の発展に尽力した人物で、その功績を称え、図書館の玄関脇には胸像が建てられています。

1929年9月に着工し、1930年12月に図書館は竣工しました。開館式は12月7日に行われ、12月18日には一般に公開されました。当時、県内では県立長野図書館に次ぐ規模の立派な図書館で、開館当日の信濃毎日新聞には「壮麗完備天下に誇る」と評されています。この図書館の建設は、県立図書館の開館、県立中学校の開校、『上伊那郡誌』の出版などがきっかけになったとされています。開館から約70年間、上伊那地域の教育・文化の中心として重要な役割を果たしました。

戦前・戦中の活動

図書館の運営は、上伊那郡の各市町村からの補助金で賄われる財団法人上伊那図書館によって担われました。1931年には児童閲覧室が設けられ、武井覚太郎の銅像が建てられました。太平洋戦争中は、一橋大学図書館や名古屋市蓬左文庫の図書、徳川美術館の美術品などが疎開され、戦後には進駐軍に接収された時期もありました。

戦後の活動と役割の変化

1950年に図書館法が施行され、多くの図書館が自治体の公民館図書部に吸収されましたが、上伊那図書館は県下でわずか2館しかない私立図書館として残りました。1960年時点で、その蔵書数は25,829冊に及びました。1979年の長野県には32館の法定図書館がありましたが、そのうち31館が市町村立で、上伊那図書館は県内で唯一の財団立図書館でした。

1949年には、上伊那PTA母親文庫が活動を開始し、図書館を拠点とした配本活動を展開。最盛期には1,000人を超える会員がいましたが、その後、公共[[図書館]]の設立や書店の開店によって会員数は激減しました。

公立図書館の開館と閉館

昭和末期には伊那市立図書館の建設計画が具体化し、上伊那図書館は敷地問題に直面しました。最終的には伊那市営中央駐車場の一角に市立図書館が建設され、上伊那図書館は徐々にその役割を終えることになりました。施設の老朽化も閉館の要因の一つとなり、2003年3月31日に閲覧・貸出を停止、2004年3月31日に完全閉館しました。閉館までに約81,000冊の図書が購入され、その中には伊沢修二に関する貴重な資料も含まれていました。コンピュータ管理が主流となる中、閉館まで手書きの図書目録カードで図書が管理されていました。

閉館後の活用：伊那市創造館へ

閉館後、図書館の管理は伊那市に移管され、貴重書は伊那市に、その他の資料は上伊那郡の公共[[図書館]]や学校などに配布されました。上伊那図書館1階にあった上伊那教育会の事務所は、再開発ビル「いなっせ」に移転。2008年8月27日には伊那市指定有形文化財に指定されました。

伊那市は、耐震化工事やバリアフリー化、収蔵庫の新設などの大規模な改修を行い、地下1階・地上1階の収蔵庫棟を併設。約2万点の貴重な資料や文化財を保管しています。2010年5月24日、図書館は生涯学習施設・博物館類似施設としての機能を持つ伊那市創造館として再オープンし、新たな歴史を歩み始めました。

特徴的な建築様式

上伊那図書館は、大正末期から昭和初期の様式を色濃く残す近代建築で、上伊那地方に現存する最古の鉄筋コンクリート建築物であり、地域唯一の昭和初期の建造物、伊那市唯一の洋館として知られています。鉄筋コンクリート造3階建て（一部4階建て）で、建物高は17.27m、延床面積は1,356m2です。

階段の手すりには大理石が使われ、外壁には高遠焼のスクラッチタイルが使用されています。建物の四隅には曲面が配され、専用のタイルが貼られています。ファサードの2階部分と3階部分を貫くガラス張りの出窓が特徴的で、設計者の嗜好が反映されています。また、スチーム暖房を備えていたのも特徴です。当初は黒田好造が設計を担当したとされていましたが、後に森山松之助が基本設計を手掛けたことが判明しました。森山は、台湾総督府の実施設計などを担当し、長野県内では上諏訪温泉の片倉館も担当しています。一方、黒田は長野市の六十三銀行や上諏訪町役場などを手掛けていますが、現存するのは飯田市立追手町小学校校舎と上伊那図書館のみです。

上伊那図書館は、その歴史的価値と建築美により、地域の貴重な文化遺産として今も大切にされています。

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