上司海雲

上司海雲：信仰と芸術の交差点

上司海雲(かみつかさ かいうん、1906年-1975年)は、昭和時代の華厳宗僧侶にして、206世東大寺別当(住職)を務めた人物です。東大寺という歴史的寺院のトップとして宗教活動に尽力する一方、文学や芸術を愛し、奈良を拠点に数多くの文化人との交流を通して独自のサロンを形成しました。その温厚な人柄から「観音院さん」と呼ばれ親しまれ、現代まで語り継がれる存在となっています。

奈良での生い立ちと激動の時代

1906年、奈良市、東大寺の塔頭である持宝院に生まれた上司海雲は、龍谷大学英文科を卒業後、兵役を経て、1939年には東大寺塔頭観音院の住職に就任します。太平洋戦争の激動期には召集され朝鮮へ派遣されるなど、波乱に満ちた時代を経験しました。戦後、東大寺学園中学校・高等学校校長、東大寺執事長、華厳宗宗務長などを歴任し、宗教界での地位を着実に築き上げていきます。

文化人サロン「観音院」と交流

上司海雲は、芸術文化への造詣が深く、奈良で独自の文化人サロンを形成したことでも知られています。その源流は、1925年から奈良で活動していた小説家、志賀直哉を中心とした「高畑サロン」に遡ります。上司自身もこのサロンに出入りしており、志賀が上司の観音院に滞在した時期もあったと伝えられています。

1938年に志賀直哉が奈良を離れた後、上司海雲はこのサロンを受け継ぐかたちで、新たな文化人たちの集いの場を創出しました。画家である杉本健吉、歌人・早稲田大学教授の会津八一、写真家の入江泰吉、洋画家の須田剋太など、そうそうたるメンバーが観音院に集い、議論を交わし、芸術活動を展開しました。東大寺観音院の住職であった上司は「観音院さん」として親しまれ、サロンの中心的存在として慕われていました。杉本健吉は一時、観音院内にアトリエを構え、東大寺や奈良の街並みを数多く描いた作品を残しています。

1945年には、彫刻家の水島弘一が観音院の離れに滞在するようになり、以後30年以上続く深い交流が始まりました。そして1971年には、入江泰吉、熊谷九寿、杉本健吉、鈴木光、須田剋太、水島弘一らと共に「七人会」を結成。奈良の芸術文化の発展に貢献しました。

東大寺別当と大仏殿修理

1972年、上司海雲は華厳宗管長に就任すると同時に、東大寺206世別当となります。良弁上人1200年忌の法要を執り行うなど、宗教家として大きな役割を果たしました。また、東大寺大仏殿の昭和の大修理にも尽力しましたが、1975年、癌のため、その途中で亡くなりました。その功績は後任の別当、清水公照に引き継がれました。

「壺法師」としての側面

上司海雲は熱心な壺コレクターとしても知られており、「壺法師」という愛称で呼ばれていました。そのコレクションと並々ならぬ情熱は、没後に出版された追悼文集のタイトル『壺法師海雲』にも反映されています。

著作と参考文献

上司海雲は自身でも多くの著作を残しており、『東大寺』『古都讃仰』『雑華厳浄』『壺法師独語』などがあります。また、杉本健吉との共著『海雲の絵と字』も存在します。彼の生涯と業績を知る上で、司馬遼太郎の『街道をゆく24近江・奈良散歩』や水島弘一の『水島弘一作品集』なども重要な参考文献として挙げられます。

上司海雲は、宗教家としての厳格さと、文化人としての温かさを兼ね備えた、稀有な存在でした。彼の功績は、東大寺という歴史的建造物の保存、そして奈良の文化発展という二つの面で、現代にまで大きな影響を与え続けています。

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