杉本健吉

長寿の画家、杉本健吉：多様な才能と創作への情熱

杉本健吉（1905年～2004年）は、日本の洋画家、イラストレーター、そしてグラフィックデザイナーとして、20世紀の日本美術史に多大な貢献を果たした稀有な存在です。その多彩な才能と、98歳という長寿を全うするまで創作を続けた情熱的な生涯は、多くの人々に深い感銘を与え続けています。

名古屋から奈良へ、そして全国へ

愛知県名古屋市に生まれた杉本は、幼少期を津島市で過ごしました。愛知県立工業学校（現・愛知県立愛知工業高等学校）卒業後、加藤静児氏からの助言を受け、図案家、つまり現在のグラフィックデザイナーとしてキャリアをスタートさせます。鉄道会社のポスターや商業デザインを手がけ、才能を開花させていきました。

その後、京都に移り、巨匠・岸田劉生に師事。1926年には春陽会展に入選し、画家としての道を歩み始めます。吉川英治の小説『新・平家物語』や『私本太平記』の挿絵制作では、その高い描写力と豊かな表現力で高い評価を獲得しました。

1949年には奈良の東大寺観音院住職の知遇を得て、観音院の古土蔵をアトリエとして使用し、奈良の風物を数多く描きました。この奈良時代には、志賀直哉や入江泰吉といった著名な文化人との交流も深めています。

企業ロゴから公共デザインまで、多岐にわたる活動

杉本健吉の才能は絵画制作にとどまりません。数多くの企業ロゴや公共デザインを手掛けたことも彼の大きな功績です。

例えば、名鉄電車の車両カラー（3780系、7000系パノラマカー）や名古屋市営地下鉄東山線の車両カラー、そして鯱バスの塗装デザインなど、私たちの身近な風景に、彼のデザインは息づいています。

さらに、青柳ういろう、中部電力、名鉄百貨店といった企業の初代社章のデザインも杉本の手によるものです。これらのデザインは、それぞれの企業のアイデンティティを象徴する存在となっています。

また、名古屋市営地下鉄のマークや常滑市の市章なども、彼のデザインです。これらの公共デザインは、都市のシンボルとして、市民生活に深く関わっています。東大寺学園中学校・高等学校の「転心殿」を榊莫山氏と共同で制作、寄贈したことも特筆すべき活動と言えるでしょう。大須観音の鐘楼堂の華精の鐘のデザインも担当し、その繊細な美しさで人々を魅了しています。

創作への飽くなき情熱、そして晩年

1971年に国画会から引退を表明したものの、創作活動は晩年まで精力的に続けました。1987年には、愛知県知多郡美浜町に「杉本美術館」が開館。これまで発表してこなかった作品の数々が収蔵され、多くのファンを魅了しました。美術館の近くには、名古屋鉄道により美浜緑苑駅が設置されるほど、彼の功績は高く評価されていました。

晩年まで毎週美術館に通い、美術館内に設けられたアトリエで絵画制作や来館者との交流を楽しんでいたそうです。2004年、肺炎のため98歳で生涯を閉じました。美術館は2021年に閉館しましたが、彼の作品は多くの人々の記憶に、そして日本の美術史に刻まれています。

晩年の言葉「（やりたいことを）行えばいいんです。私の場合は自然の中でたわむれているうちに絵ができた。それが私の人生だった。」は、彼の生き様を端的に表しています。絵を描くことへの飽くなき情熱、そしてそれを支えた豊かな感性こそが、杉本健吉というアーティストの真髄と言えるでしょう。

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