不作為犯

不作為犯について

不作為犯とは、法律で義務付けられた行為を意図的に行わないことによって成立する犯罪を指します。これは、単に「何もしない」という状態が犯罪となる点で、通常の犯罪とは異なります。不作為犯は、大きく分けて「真正不作為犯」と「不真正不作為犯」の2つに分類されます。

不作為犯の歴史

江戸時代

江戸時代には、現代の刑法よりも多くの不作為犯が規定されていました。特に、封建的な道徳観に基づいたものが多く、例えば、目上の親族や主人が危険にさらされた際に、目下の者が救助しなかった場合、重い刑罰が科せられました。親子関係においては、救助義務を怠ると死刑となることもありました。当時の記録には、火災で親を救えなかった子供が「人倫に反する」として処刑された例が残っています。

明治刑法

明治時代の刑法では、尊属に対する不作為に重い刑罰が科せられる規定がありましたが、1973年の最高裁判決により、この尊属加重規定は違憲とされました。これにより、親族に対する不作為に対する刑罰は緩和されました。

その後

1974年には、法制審議会で不真正不作為犯を規定する改正刑法草案が決定されましたが、国会に提出されることはありませんでした。2010年には、公務員の告発義務に関する判例が示され、公務員の不作為に対する規制が緩和されました。

不作為犯の種類

真正不作為犯

真正不作為犯とは、法律の条文で、特定の行為を行わないことが犯罪として明記されているものを指します。例えば、「解散命令に従わない」不退去罪や、「保護を必要とする者を遺棄する」保護責任者遺棄罪などがこれにあたります。これらの犯罪は、特定の行為をしないこと自体が犯罪構成要件を満たします。

不真正不作為犯

不真正不作為犯とは、通常の犯罪行為（例えば、殺人など）が、作為ではなく不作為によって実現される場合を指します。例えば、親が子供に食事を与えずに餓死させる行為は、殺人を「しないこと」によって行うという不作為犯として成立する可能性があります。これは、条文には明示されていなくても、結果として犯罪が成立するという点で、真正不作為犯とは異なります。

不真正不作為犯の成立要件

不真正不作為犯は、構成要件該当性、違法性、責任という犯罪の成立要件に加え、以下の特別な要件を満たす必要があります。

作為義務の存在

不真正不作為犯が成立するためには、まず行為者に、結果の発生を阻止する作為義務が存在することが必要です。この義務は、法律や契約、先行行為、条理などから発生します。例えば、親には子供を保護する義務があり、これは民法によって定められています。また、事故を起こした運転手には、負傷者を救護する義務があります。

作為の可能性

次に、行為者に、結果を阻止する行為を行うことが事実上可能でなければなりません。たとえ義務があったとしても、物理的に不可能な場合は不作為犯は成立しません。例えば、泳げない人が溺れている人を救助する義務があったとしても、自らも溺れる危険がある場合は、不作為犯は成立しません。

作為の場合との構成要件的同価値性

さらに、問題となる不作為が、作為による犯罪行為と同等の価値を持つ必要があります。これは、単に義務を怠っただけでなく、その不作為が犯罪行為と同等に評価される必要性を示します。

不真正不作為犯をめぐる議論

不真正不作為犯の成立要件については、多くの議論が存在します。

因果関係の問題

作為による犯罪行為は、行為と結果の間に因果関係が認められますが、不作為の場合は、行為者が「何もしない」ため、因果関係をどう捉えるかが問題になります。これに対し、現在の通説は、不作為があったから結果が生じたと評価できる場合に因果関係を認め、因果関係が認められない場合は犯罪は成立しないとします。

規範構造の問題

作為犯は「〜してはいけない」という禁止規範に違反するのに対し、不作為犯は「〜しなければならない」という命令規範に違反します。この規範の違いから、不作為を作為犯の構成要件で処罰することが、罪刑法定主義に反するという批判があります。この点について、通説は、禁止規範の中に命令規範が含まれていると解釈しています。

主体特定の問題

不作為犯の主体をどのように限定するかも問題になります。例えば、災害時に多くの人が救助を必要としている場合、誰にどの程度の作為義務があるのかを明確にする必要があります。不作為犯の主体は、それぞれの関係性や状況を考慮して、合理的に判断する必要があります。

実行行為の確定の問題

また、不作為犯においては、どの時点から「何もしない」ことが犯罪行為となるのかを確定することが難しい場合があります。作為犯の場合は、具体的な行為が明確であるため、この点が問題になりにくいですが、不作為犯では、個々の事案に応じて判断していく必要があります。

まとめ

不作為犯は、作為による犯罪とは異なる、特殊な犯罪類型です。特に、不真正不作為犯は、成立要件が複雑であり、様々な議論が存在します。不作為犯を正しく理解するためには、これらの点を踏まえ、具体的な事例を検討する必要があります。

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