中島義道

中島義道：孤高の哲学者

中島義道（なかじまよしみち、1946年 7月9日 - ）は、日本の哲学者であり、作家としても知られる。かつて電気通信大学で教授を務め、その専門はドイツ哲学、中でもイマヌエル・カント研究を中心に、時間論や自我論といった根源的なテーマを探究している。

異色の経歴

1946年に福岡県門司市に生まれた中島氏は、神奈川県立川崎高等学校を卒業後、東京大学文科I類に進学した。1971年に東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科を卒業後、同大学大学院人文科学研究科に進むも、1973年には哲学専攻修士課程を途中で退学し、新たに東京大学法学部へ入学するという異例の道を選択し、1976年に卒業した。再び大学院人文科学研究科哲学専攻に戻り、1977年に修士課程を修了し文学修士号を取得。その後オーストリアに渡り、ウィーン大学で哲学を深めた。1983年にはウィーン大学基礎総合学部哲学科を修了し、博士論文『カントの時間構成の理論』を提出して哲学博士号を取得している。

帰国後の1984年には東京大学教養学部助手、1987年には帝京技術科学大学助教授を経て、1995年からは電気通信大学電気通信学部人間コミュニケーション学科教授として教鞭を執った。2009年に電気通信大学を退職した後も、哲学を志す人々のための「哲学塾カント」を開講し、精力的に執筆活動と並行した活動を続けている。

哲学研究とその主要テーマ

中島氏の哲学研究は、カント哲学の精緻な読み解きを基盤とする。特に『カントの人間学』などの著作では、カントの思想を現代的な視点から読み解き、その核心に迫ろうとしている。また、ウィーンでの留学経験は、後に『ウィーン愛憎』として結実し、ヨーロッパ文明に対する批判的な視点を展開するきっかけとなった。

彼の哲学における重要なテーマの一つが時間論である。中島氏は、未来というものが本質的に「無」であると一貫して主張する。たとえごく近い未来であっても、例えば「明日は晴れるだろう」と予測することは、過去の経験からの帰納的な推論に過ぎず、未来の存在を絶対的に実証するものではないと説く。未来が存在すると考えることは、過去の出来事から類推し、それを未来に投影しているに過ぎないというのだ。もし明日突然世界が消滅したり、自分自身が死に至ったりすれば、その人にとって未来は存在しない。このような未来の記述はあくまで概念的なものに留まり、その実在性を証明するものではない、というのが彼の主張である。

自我論もまた、中島氏が深く掘り下げるテーマである。

現代社会への鋭い視点

専門分野であるカント哲学やヨーロッパ文明批判に加え、中島氏は日本の現代社会が抱える問題に対しても、その哲学的な視点から鋭い批判を展開してきた。特に、騒音や景観に対する人々の無頓着さへの批判は広く知られている。

1996年に発表したエッセイ『うるさい日本の私』は、当時の日本社会に蔓延していた、いわば「ありがた迷惑」な騒音文化に対する異議申し立てであり、大きな反響を呼んだ。このタイトルは、ノーベル文学賞受賞記念講演である川端康成の『美しい日本の私』や大江健三郎の『あいまいな日本の私』への意図的なパロディであり、その言葉「うるさい」が日本社会だけでなく、彼自身の内面をも形容していると述べている。

また、大学の哲学科が縮小・廃止される傾向については、一概に否定的ではない見解を示している。「哲学は全く役に立たず、幸福とは無関係で、反社会的かつ危険なもの」であるという挑発的な定義を下し、それでもなお哲学なしには生きられないごく少数の人々のために、「真に哲学を学ぶべき場所」を設けるべきだと主張している。

人物像と活動

中島氏は、極端な偏食家としても知られており、苦手な食物が非常に多いという。また、自身が「騒音」と感じるアナウンスなどをひどく嫌い、JRなどに対して繰り返し抗議を行うなど、「静かな街」を求める活動にも参加してきた。かつて東京大学教養学部では、刑法学者の西田典之氏と同級生であった。

2008年からは私塾「哲学塾カント」を主宰し、一般の人々に対しても哲学を学ぶ機会を提供している。しかし、近年は健康上の問題も抱えている。2023年3月には脳梗塞で倒れ、左半身に麻痺が残る状況で入院生活を送っていることが報じられた。

主な著作

中島義道氏の著作は多岐にわたり、専門的な哲学書から現代社会や人生論に関する一般書まで幅広い。代表的なものとして、『カントの時間論』、『ウィーン愛憎』、『カントの人間学』、『哲学の教科書』、『うるさい日本の私』、『時間と自由』、『孤独について』、『不幸論』、『「私」の秘密』、『働くことがイヤな人のための本』、『差別感情の哲学』、『人生に生きる価値はない』などがある。これらの著作を通じて、難解とされる哲学のテーマを、自身の経験や社会への視点を交えながら、平易かつ独特な筆致で展開し続けている。

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