中村仲蔵 (落語)

初代中村仲蔵：稲荷町から名題へ至る、類まれなる役者の物語

江戸時代中期、後に大役者として名を馳せる初代中村仲蔵は、舞踊家の養子として生まれ、13歳で二代目中村傳九郎（後の八代目中村勘三郎）に師事し、役者の道を歩み始めました。当時の役者社会は、厳しい階級制度が敷かれており、「稲荷町」「中通り」「相中」「上分」「名題下」そして最高位である「名題」と、厳格な序列が存在していました。下位の役者は、台詞僅かの端役しか務めることができず、重要な役は名題や名題下に独占されていました。

仲蔵は家柄がなかったため、最下級の「稲荷町」から出発することになります。実力があっても、家柄が優先される世界で、どんなに人気があっても、「稲荷町」出身の役者が名題になることは、まずありませんでした。

そんな仲蔵は、ある日、大詰めの端役を務めた際に台詞を忘れてしまいます。しかし、彼は機転を利かせ、主役の四代目市川團十郎に静かにその旨を伝えました。團十郎は仲蔵の機転と度胸を認め、彼を重用するようになります。

その後、仲蔵はどんな小さな役でも工夫を凝らし、並々ならぬ努力で技量を高めていきました。「芸きちがい」と呼ばれるほど、芸に没頭した仲蔵は人気を集め、異例のスピードで「名題下」まで昇進します。しかし、不文律と同僚の嫉妬により、名題への昇進は阻まれていました。

それから数年後、29歳の時、團十郎の後押しもあり、ついに仲蔵は「稲荷町」出身者として初めて名題に昇進を果たします。間もなく、名題の中でも最高位の座頭格に相当する曽我物の工藤祐経の大役を演じ、さらに名声を高めました。

明和3年（1766年）、演目として『仮名手本忠臣蔵』が上演されることになりました。仲蔵が演じることになったのは、五段目の斧定九郎。この役は名題下の役ではありましたが、五段目は「弁当幕」と呼ばれるほど、観客が食事をするための休憩時間として扱われていました。定九郎は家老の息子という設定ではありましたが、物語の本筋には全く関わらず、山中で老人に強盗を行い、すぐに猟師の銃弾で死ぬという、人気が出ようもない脇役でした。

仲蔵は、柳島の妙見様（法性寺）に神頼みをして、新たな工夫を求め祈りを捧げますが、なかなか解決策は見つかりません。諦めかけたある日、夕立に遭い蕎麦屋で雨宿りをしていると、一人の下級旗本が店に入ってきました。その男の風貌―伸びた月代、黒羽二重の着物、茶献上の帯、そして破れた蛇の目傘―を見て、仲蔵はひらめきます。妙見様のご利益と受け止め、その風体を元に役作りを始めました。

初演当日、五段目が始まりました。観客は既に話の筋を知っており、弁当幕として休憩しようとしています。その時、仲蔵演じる定九郎が登場しました。それは、誰もが知る山賊姿ではなく、破れた蛇の目傘を持った白塗りの浪人でした。斬新な演出と所作に観客は息を呑みます。しかし、観客からの掛け声（大向う）が出ないため、仲蔵は失敗したと思い込み、落胆します。

舞台後、仲蔵は妻に江戸を離れると告げますが、そこに團十郎（もしくは師匠の傳九郎）の使いが来ます。芝居小屋に戻った仲蔵は、團十郎からその工夫と名演を絶賛され、彼の定九郎像が今後、型となるだろうと評されました。

こうして、仲蔵は「仮名手本忠臣蔵」での成功によって、さらに大きな名声を手にしたのでした。八代目林家正蔵は、この話を得意としており、最後は團十郎から煙管を褒美としてもらった仲蔵に、女房が「煙に巻かれないかい」と心配するサゲで締めていました。六代目三遊亭圓生は、史料に基づいて話を肉付けし、工藤祐経の演出で仲蔵が戯作者・金井三笑と確執を持つようになり、嫌がらせとして金井が定九郎役を振ったという独自の解釈を加えています。講談では六代目神田伯山が得意としており、仲蔵の出世物語をより強調したアレンジで演じています。

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