中村富十郎 (初代)

初代中村富十郎（1719-1786）は、江戸時代中期を代表する歌舞伎役者の一人です。上方歌舞伎の中心人物として活躍し、その華麗な芸は多くの観客を魅了しました。

富十郎は、歌舞伎役者芳澤あやめの三男として大坂に生まれました。幼少期より歌舞伎の世界に触れ、中村新五郎の養子となり、中村富十郎を名乗り、役者の道を歩み始めます。13歳で初舞台を踏み、その後は京都、大坂、江戸を舞台に活躍しました。

若手時代は、端正な容姿から色男としても知られていましたが、役者としての才能も早くから開花しました。特に、元文2年（1737年）に大坂で上演された『曽根崎心中』の天満屋お初役は大当たりを取り、その後も数々の名演で人気を不動のものにしました。

富十郎は若女形として知られ、時代物、世話物ともにこなせる高い演技力を持ち合わせていました。しかし、年齢を重ねるにつれ、立役や荒事にも挑戦するなど、幅広い役柄を演じ分けるようになりました。

彼の芸の持ち味は、滑らかなせりふ回しと軽妙な身のこなしでした。さらに、舞踊の名手としても知られ、宝暦2年（1752年）に京都で上演された『娘道成寺』は、大評判となり、翌年には江戸でも上演されました。この『娘道成寺』は富十郎の代表作となり、現在でも繰り返し上演される演目として受け継がれています。

富十郎は、60歳を過ぎても、17、8歳の娘役を演じられるほどの若々しさで知られていました。晩年まで精力的に舞台に立ち続け、天明6年（1786年）に68歳で生涯を閉じました。その最後の舞台となったのは、京都で上演された『女鉢の木』でした。

富十郎は役者としての才能に加え、絵画にも才能を発揮しました。扇絵などを残しており、東京国立博物館には彼の作品が所蔵されています。画名は英慶子と称し、『慶子画譜』という画集も出版されています。

初代中村富十郎は、その優れた演技力と幅広い芸域で、江戸時代中期の上方歌舞伎を代表する役者として、後世に大きな影響を与えました。『娘道成寺』をはじめとする彼の代表作は、現在でも歌舞伎のレパートリーとして上演され、その名演は人々の記憶に刻まれ続けています。彼の芸風は、歌舞伎役者の育成にも影響を与え、多くの弟子や後継者を育てました。多彩な才能と魅力的な人物像で、歌舞伎史に燦然と輝く存在と言えるでしょう。

参考文献
日本浮世絵協会編　『原色浮世絵大百科事典』（第2巻）　大修館書店、1982年
渡辺保　『娘道成寺』（改訂版）　駸々堂、1992年
市古貞次ほか編　『国書人名辞典』（第五巻）　岩波書店、1999年
野島寿三郎編　『歌舞伎人名事典』（新訂増補）　日外アソシエーツ、2002年

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