中村歌六 (初代)

初代中村歌六（しょだい なかむら かろく）は、安永8年（1779年）に生まれ、安政6年7月1日（1859年7月30日）に世を去った、江戸時代後期を代表する歌舞伎役者です。屋号を播磨屋とし、定紋には揚羽蝶、替紋に蔓片喰を用いていました。また、梅枝、芝琴、紫琴といった俳名でも親しまれました。

初代歌六は、大坂で三井家の番頭を務めていた丹波屋甚助の子として生を受けましたが、後に播磨屋作兵衛のもとへ養子に入りました。幼い頃から歌舞伎の世界に足を踏み入れ、三代目中村歌右衛門の門下生となります。初代中村もしほを名乗って初舞台を踏み、早くから子役としてその才能を開花させました。文化元年3月（1804年4月）に初代中村歌六を襲名し、まずは中芝居で技を磨き、翌年には大芝居へと活躍の場を広げました。

役者としての実力と人気は年を追うごとに高まり、数え年49歳になった時には、当時の番付で若女形として最高の評価である「上上吉」を得るに至ります。京、大坂、江戸の三都においてその名を知らぬ者はいないほどの人気を誇り、江戸後期歌舞伎界の重要な柱となりました。安政6年（1859年）に81歳（満年齢では79歳または80歳）で生涯の幕を閉じました。

初代歌六は、体格こそ立派であったものの、美しい声を持ち、容姿に恵まれ、舞台で着用する豪華な衣裳がひときわ映えたと伝えられています。特に女形として秀でており、数多くの傾城役を演じ、その見事な演技術から「傾城歌六」という異名で呼ばれました。しかし、その芸域は広く、傾城役に留まらず、女盗賊といった幅広い役柄をも自在に演じ分けることができました。代表的な当たり役としては、『信州川中島合戦』に登場するお勝役が挙げられます。

私生活では、12人もの子宝に恵まれた子福者でした。特に娘が多く、彼女たちの多くが同業である著名な歌舞伎役者のもとへ嫁いだため、歌舞伎界において非常に強固で広範な縁戚関係を築くこととなりました。長男は二代目中村歌六、三男は三代目中村歌六として父の後を継ぎました。娘たちの嫁ぎ先も錚々たる顔ぶれで、長女の松は三代目嵐璃寛に、次女の里は四代目市川小團次に、三女の島は八代目片岡仁左衛門に、そして四女の小糸は三代目山下金作の養子である三勝のもとへ嫁いでいます。これらの縁により、初代歌六の孫には初代中村吉右衛門、三代目中村時蔵、十七代目中村勘三郎といった近代歌舞伎を彩る名優たちが、さらに曾孫には萬屋錦之介や十八代目中村勘三郎など、現代まで続く歌舞伎の名門を築き上げた、あるいは引き継いだ人々が含まれています。初代中村歌六は、その卓越した女形としての芸だけでなく、後の歌舞伎界に多大な影響を与えた多くの名優たちの血筋を引く、まさに大功労者と言えるでしょう。

参考文献として、初代中村吉右衛門自身が著した『吉右衞門自傳』（啓明社、1951年7月初版）などが、その生涯や子孫に関する記述の基盤となっています。

もう一度検索