中村與資平

中村與資平（なかむら よしへい）は、1880年2月8日に静岡県長上郡天王新田村（現在の浜松市中央区天王町）に生まれ、1963年12月21日に83歳でその生涯を閉じた、日本の近代建築史に名を刻む建築家です。代々続く遠州の庄屋の家に生まれた彼は、第14代当主として生家の歴史を背負いつつも、建築の道を志しました。

地元の学校で基礎教育を受けた後、浜松尋常中学校（現静岡県立浜松北高等学校）から第三高等学校へと進学。そして1905年、東京帝国大学建築学科を卒業します。卒業後、彼は当時の建築界の重鎮、辰野金吾と葛西萬司が主宰する辰野葛西建築事務所に入所。ここで建築家としての実務経験を積み始めました。

中村のキャリアが特に花開いたのは、日本の勢力が拡大していた朝鮮半島および旧満州でした。1907年、彼は第一銀行韓国総支店（後の朝鮮銀行本店）の建設に関わる臨時建築部工務長に抜擢され、翌年にはその建設の中心地である京城（現在のソウル市）へと移住します。1912年の朝鮮銀行本店竣工後、彼は同行の建築顧問に就任し、さらに京城に自身の事務所、中村建築事務所を開設しました。その後も事業を拡大し、1917年には旧満州の大連市にも出張所を設立。岩崎徳松、宗像主一といった日本人建築家に加え、オーストリア出身のアントン・フェラーのような外国人技師も招聘し、国際色豊かなチームで多くの建築プロジェクトを手がけました。特に朝鮮銀行本店は、彼の代表作の一つとして知られ、その堅牢で威厳あるデザインは今なお韓国銀行貨幣博物館として利用されています。

1921年にはアントン・フェラーを伴って欧米各地を視察。最新の建築技術やデザイン思想に触れ、見聞を広めました。この経験は、その後の彼の建築活動に大きな影響を与えたと考えられます。翌1922年には、活動の拠点を日本本土へと移し、東京市に中村工務所を開設して東京に転居。朝鮮や大連の事務所は信頼する所員に任せ、日本国内での設計活動も本格化させました。

東京での活動の一方で、彼は建築教育や文化活動にも関心を持ち、1923年には児童科学教育会を設立するなど、多方面で活躍しました。事務所体制も変化させ、1934年には工事部を廃止し、設計専門の「中村與資平建築事務所」として再スタートを切ります。

しかし、時代は戦争へと向かい、活動は困難を増します。1944年、彼は建築事務所を閉鎖し、故郷である浜松市へと疎開しました。戦後も精力的に活動を続け、1952年には静岡県教育委員に当選するなど、郷里の発展にも貢献しました。

中村與資平が手がけた建築物は、銀行、庁舎、学校など、多岐にわたる公共性の高いものが中心です。その活動範囲は朝鮮、旧満州、そして日本の静岡県や東京など広範に及びました。彼の設計した建築は、当時の技術とデザインを取り入れつつも、それぞれの地域の特性や用途に応じた堅実な造りが特徴でした。

家族としては、遠州の庄屋の家柄の14代目として家業も継承していましたが、建築家としての道を極めました。妻の岸は、天竜川の筏問屋を営んでいた旧家の出身です。ドイツ文学者の竹山道雄は彼の甥にあたり、多才な親族に囲まれていました。著作としては、『都市に於ける道路の設計』、『住居』といった専門書に加え、海外の建築書を翻訳するなど、後進の育成や知識の普及にも努めました。

中村與資平は、明治末期から昭和中期にかけて、激動の時代に東アジア各地で多くの重要な建築を手がけた建築家です。その活動は、日本の近代化と大陸への進出という歴史的背景と密接に関わっており、彼の残した建築物は、当時の社会や文化、そして建築技術を知る上で貴重な遺産となっています。故郷静岡県にも多くの足跡を残しており、その功績は今も語り継がれています。

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