中根櫻亀

薩摩切子復興の礎を築いた女性職人：中根櫻龜氏の生涯

中根櫻龜氏は、日本のガラス工芸界にその名を刻む、卓越したガラス職人にして美術作家です。特に、途絶えかけていた薩摩切子の復元と制作において第一人者として知られ、その類まれな技術と情熱で伝統工芸の復興に大きく貢献しました。現在もなお、独自の感性と高度な技法で、美しいガラス工芸品を生み出し続けています。

薩摩切子との出会い、そして試練

兵庫県尼崎市に生まれた中根氏は、熊本県立第一高等学校、武蔵野美術短期大学工芸デザイン専攻を卒業後、神奈川県川崎市の東京ガラス工芸研究所に入所しました。卒業間近、運命的な出会いが訪れます。薩摩切子の復興のための人材を必要としていた鹿児島からの依頼を受け、研究所の推薦で、薩摩切子の世界へと足を踏み入れることになったのです。

研究所を卒業し、すぐに鹿児島へと向かった中根氏。尚古集成館に展示されていた薩摩切子の「脚付蓋物」を目の当たりにし、復元を依頼されます。その美しさに圧倒されながらも、途絶えた技術の復興という途方もない課題に直面し、「無理だ」と感じたといいます。しかし、周囲の期待と薩摩切子への強い想いが、中根氏を突き動かしました。「出来ることから始めよう」と、彼女は決意します。

しかし、復元への道は容易ではありませんでした。薩摩切子の歴史はすでに途絶え、技術を受け継ぐ職人は一人もいない状態だったのです。中根氏は、独力で、試行錯誤を繰り返しながら、復元に取り組むことになります。「一番の苦労は、最初は一人だけだったので、教えてもらうことも相談も出来ないことだった」と、彼女は後に振り返っています。

最初の1ヶ月間は、資料の検証と実物の実測に費やされました。限られた資料と、実物からの計測によって、必要な工具の種類を検討し、写真から型を作成、試作を繰り返しながら、形やカットのバランスを決定していきました。全てが手探りの状態での作業でした。

独自の技法と美意識

中根氏と周囲の職人の協働によって開発された復元方法は、薩摩切子の復活に大きく貢献しました。現在もなお、中根氏が制作したガラス製品は、その高い技術と芸術性を証明しています。

彼女は、ガラス職人としてだけでなく、美術作家としても活躍しています。切子のガラス製品では珍しい曲線を使った、難易度の高いカット技法を用いて、独自の作風を確立しました。女性ならではの繊細で柔らかい感性が生み出す作品は、流線形や花弁など、曲線が特徴的で、見る者の心を癒します。

経歴と功績

1984年9月、島津観光株式会社（現株式会社島津興業観光本部）尚古集成館に入社。薩摩切子復元事業の第一歩として資料研究に着手し、翌1985年1月には仮設工房でカット技法の復元試作を開始しました。1985年4月には薩摩ガラス工芸株式会社設立と同時に移籍し、1986年4月には本工場完成と同時に本格的な復元活動を開始しました。その後、25年間にわたり、新しい復元品の開発や、創作薩摩切子の制作、特注品や2色被せを使った新薩摩切子の開発など、多岐にわたる活動を行い、薩摩切子の発展に貢献しました。

2010年4月、薩摩切子復元25周年を機に、島津家第32代当主・島津修久氏より「櫻龜」の命号を受けました。この称号は、彼女の功績と薩摩切子への深い情熱を象徴するものです。

中根櫻龜氏の生涯は、技術と情熱、そして困難を乗り越える不屈の精神の物語です。彼女の功績は、薩摩切子という伝統工芸の継承にとどまらず、日本のガラス工芸史に燦然と輝くものです。

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