久保登喜夫
久保 登喜夫（くぼ ときお、1921年10月2日 - 1945年4月28日）は、北海道小樽市に生まれ、スキージャンプおよびノルディック複合の優れた選手として活躍した人物である。その類稀なる才能は将来を嘱望されたが、激化する太平洋戦争により海軍へ入隊。神風特別攻撃隊員として若くして戦死したことから、「戦火に散った悲劇のジャンパー」として現在も語り継がれている。
港町小樽で生を受けた久保は、実家の近くに多くのゲレンデが存在した環境で、少年時代からスキーに親しんだ。この恵まれた環境の中で、彼のスキーへの情熱と才能は自然と育まれていった。旧制小樽中学校（現在の北海道小樽潮陵高等学校）に進学すると、校内に整備されたジャンプ台や山小屋風ヒュッテ、夜間照明といった充実した練習環境を最大限に活用し、めきめきと実力を向上させる。特にジャンプにおいては、その技術と飛型は高く評価されるようになった。
1939年、中学4年生だった久保は、第17回全日本スキー選手権大会のノルディックスキー・スペシャルジャンプ少年部に出場。65.5メートルと60メートルという当時としては驚異的な大ジャンプを成功させ、総合点222.5点で見事優勝を果たした。この全日本制覇は、久保を一躍国内トップレベルの選手へと押し上げ、翌1940年に札幌で開催が予定されていた冬季オリンピックの代表候補に選出されるに至った。
しかし、日中戦争の深刻化により日本は札幌オリンピックの開催権を返上。久保が目標としていたオリンピックは「幻のオリンピック」となった。高校時代の久保を知る人物は、力強く華麗な飛型を見せる一方で、手袋を編むのが得意という繊細で器用な一面も持ち合わせていたと語っている。
高校卒業後、久保は札幌鉄道局（現在のJR北海道）に入社したが、その卓越したジャンプの才能に注目していた明治大学スキー部の熱心な勧誘を受け、1941年に同大学へ進学する。全国から有望な選手が集まる明大においても、久保の実力は際立っており、後輩選手が「群を抜いていた」と証言するほどであった。明大在学中も、1942年の学生選手権大会ジャンプ競技での2位、翌1943年の全日本スキー選手権大会でのジャンプ・複合両種目での3位入賞など、着実に実績を重ね、「幻のオリンピック候補」と呼ばれた実力を証明し続けた。
しかし、太平洋戦争を含む第二次世界大戦は激化の一途をたどり、戦況は厳しさを増していった。1943年10月、戦局打開のため学生の徴兵猶予が停止され、多くの若者と同様に久保もまた学徒出陣を余儀なくされる。海軍予備学生として土浦海軍航空隊に配属された久保は、1944年に海軍少尉に任官された。スキー選手として培った優れた空中感覚と、生来の真面目な努力家という資質は、航空機の操縦においても遺憾なく発揮され、その技術は非常に高く評価された。やがて名古屋海軍航空隊に配属された久保は、飛行機を降りた際には物静かで誠実な人柄として、同僚からも良い評判を得ていたという。
1945年4月、戦争は終末期を迎えつつあった。久保は特別攻撃隊員として出撃の準備に入るため、名古屋から鹿児島の第二国分基地へと移動した。そして1945年4月28日午後3時20分、久保登喜夫少尉は神風特別攻撃隊第3草薙隊の一員として、沖縄近海へと向けた出撃命令を受けた。これは、日本軍が沖縄戦で行った大規模な特攻作戦「菊水作戦」の一環であった。久保はそのまま未帰還となり、25歳（満23歳）というあまりにも短い生涯を閉じた。
出撃直前、久保は母に宛てた最期の言葉を遺書として綴っている。その遺書には、故郷を遠く離れ、特攻という死を覚悟した若者の偽らざる胸の内が切々と記されている。ジャンプ台に向かう時とは違う緊張感、母への深い感謝と気遣い、そして15歳で亡くなった父への思い、さらに「散る桜残る桜も散る桜」という句に託した心情などが読み取れる。この遺書の写しは、現在、海上自衛隊第1術科学校（広島県江田島市）に保存されており、久保の最期を伝える貴重な資料となっている。
久保の父は彼が15歳の時に死去しており、母のタマは一人息子に先立たれるという筆舌に尽くしがたい悲しみを抱えて生きることとなった。息子の戦死から35年が経過した1980年2月17日、タマは久保の故郷である小樽天狗山シャンツェで開催された国民体育大会冬季大会のスキー競技を観戦に訪れた。着物姿で会場に佇んだタマは、目の前を次々と飛び立つ若い選手たちを、かつて息子が見せたであろう大空への飛躍に重ね合わせるかのように、静かに、そして懐かしそうに見つめていたという。タマは、この国体観戦から7年後の1987年に91歳でその生涯を閉じた。
久保登喜夫という一人のアスリートが、戦争によって夢と未来を断たれ、悲劇的な最期を迎えた事実は、戦後70年にあたる2015年に再び注目された。同年3月22日には、北海道放送（HBC）により久保の生涯と戦前の札幌オリンピック計画を追った特別番組『HBC戦後70年スペシャル「幻の札幌五輪～戦火に散ったジャンパー～」』が放送され、大きな反響を呼んだ。この番組は、翌4月11日にはBS-TBSの「未来へつなぐ 土曜スタジアム」でも全国に放送され、多くの人々に戦争が奪った才能と命について改めて考える機会を提供した。久保の存在は、戦争の悲惨さと、アスリートの夢がいかに無力化されたかを示す証として、今後も記憶されていくことだろう。
少年期から全日本選手権制覇まで
港町小樽で生を受けた久保は、実家の近くに多くのゲレンデが存在した環境で、少年時代からスキーに親しんだ。この恵まれた環境の中で、彼のスキーへの情熱と才能は自然と育まれていった。旧制小樽中学校（現在の北海道小樽潮陵高等学校）に進学すると、校内に整備されたジャンプ台や山小屋風ヒュッテ、夜間照明といった充実した練習環境を最大限に活用し、めきめきと実力を向上させる。特にジャンプにおいては、その技術と飛型は高く評価されるようになった。
1939年、中学4年生だった久保は、第17回全日本スキー選手権大会のノルディックスキー・スペシャルジャンプ少年部に出場。65.5メートルと60メートルという当時としては驚異的な大ジャンプを成功させ、総合点222.5点で見事優勝を果たした。この全日本制覇は、久保を一躍国内トップレベルの選手へと押し上げ、翌1940年に札幌で開催が予定されていた冬季オリンピックの代表候補に選出されるに至った。
幻のオリンピック候補、そして明治大学へ
しかし、日中戦争の深刻化により日本は札幌オリンピックの開催権を返上。久保が目標としていたオリンピックは「幻のオリンピック」となった。高校時代の久保を知る人物は、力強く華麗な飛型を見せる一方で、手袋を編むのが得意という繊細で器用な一面も持ち合わせていたと語っている。
高校卒業後、久保は札幌鉄道局（現在のJR北海道）に入社したが、その卓越したジャンプの才能に注目していた明治大学スキー部の熱心な勧誘を受け、1941年に同大学へ進学する。全国から有望な選手が集まる明大においても、久保の実力は際立っており、後輩選手が「群を抜いていた」と証言するほどであった。明大在学中も、1942年の学生選手権大会ジャンプ競技での2位、翌1943年の全日本スキー選手権大会でのジャンプ・複合両種目での3位入賞など、着実に実績を重ね、「幻のオリンピック候補」と呼ばれた実力を証明し続けた。
戦局悪化と学徒出陣、そして特攻へ
しかし、太平洋戦争を含む第二次世界大戦は激化の一途をたどり、戦況は厳しさを増していった。1943年10月、戦局打開のため学生の徴兵猶予が停止され、多くの若者と同様に久保もまた学徒出陣を余儀なくされる。海軍予備学生として土浦海軍航空隊に配属された久保は、1944年に海軍少尉に任官された。スキー選手として培った優れた空中感覚と、生来の真面目な努力家という資質は、航空機の操縦においても遺憾なく発揮され、その技術は非常に高く評価された。やがて名古屋海軍航空隊に配属された久保は、飛行機を降りた際には物静かで誠実な人柄として、同僚からも良い評判を得ていたという。
1945年4月、戦争は終末期を迎えつつあった。久保は特別攻撃隊員として出撃の準備に入るため、名古屋から鹿児島の第二国分基地へと移動した。そして1945年4月28日午後3時20分、久保登喜夫少尉は神風特別攻撃隊第3草薙隊の一員として、沖縄近海へと向けた出撃命令を受けた。これは、日本軍が沖縄戦で行った大規模な特攻作戦「菊水作戦」の一環であった。久保はそのまま未帰還となり、25歳（満23歳）というあまりにも短い生涯を閉じた。
残された遺書と母の思い
出撃直前、久保は母に宛てた最期の言葉を遺書として綴っている。その遺書には、故郷を遠く離れ、特攻という死を覚悟した若者の偽らざる胸の内が切々と記されている。ジャンプ台に向かう時とは違う緊張感、母への深い感謝と気遣い、そして15歳で亡くなった父への思い、さらに「散る桜残る桜も散る桜」という句に託した心情などが読み取れる。この遺書の写しは、現在、海上自衛隊第1術科学校（広島県江田島市）に保存されており、久保の最期を伝える貴重な資料となっている。
久保の父は彼が15歳の時に死去しており、母のタマは一人息子に先立たれるという筆舌に尽くしがたい悲しみを抱えて生きることとなった。息子の戦死から35年が経過した1980年2月17日、タマは久保の故郷である小樽天狗山シャンツェで開催された国民体育大会冬季大会のスキー競技を観戦に訪れた。着物姿で会場に佇んだタマは、目の前を次々と飛び立つ若い選手たちを、かつて息子が見せたであろう大空への飛躍に重ね合わせるかのように、静かに、そして懐かしそうに見つめていたという。タマは、この国体観戦から7年後の1987年に91歳でその生涯を閉じた。
後世への継承
久保登喜夫という一人のアスリートが、戦争によって夢と未来を断たれ、悲劇的な最期を迎えた事実は、戦後70年にあたる2015年に再び注目された。同年3月22日には、北海道放送（HBC）により久保の生涯と戦前の札幌オリンピック計画を追った特別番組『HBC戦後70年スペシャル「幻の札幌五輪～戦火に散ったジャンパー～」』が放送され、大きな反響を呼んだ。この番組は、翌4月11日にはBS-TBSの「未来へつなぐ 土曜スタジアム」でも全国に放送され、多くの人々に戦争が奪った才能と命について改めて考える機会を提供した。久保の存在は、戦争の悲惨さと、アスリートの夢がいかに無力化されたかを示す証として、今後も記憶されていくことだろう。
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