九条家本源氏物語系図

九条家本源氏物語系図：源氏物語研究の礎となる古系図

九条家本源氏物語系図（または九条家本源氏物語古系図）は、源氏物語の登場人物たちの系譜を図表化した古系図の一つです。昭和初期、池田亀鑑氏による源氏物語研究の過程で発見され、『源氏物語大成』で紹介されたことで広く知られるようになりました。現在は東海大学桃園文庫に所蔵されています。

系図の起源と現状

巻頭に「九条」の蔵書印があることから、九条家に伝来したと考えられています。書風から、平安時代末期から鎌倉時代初期に書写されたと推定されていますが、書写者については不明です。池田亀鑑氏は藤原長房の可能性を指摘しています。

残念ながら、系図の最初と最後の部分が失われています。現存部分は光源氏（六条院）の系譜の途中から始まり、常陸介の系譜で終わっています。そのため、原本の題名や序文、奥書、さらに系譜以外の記述（人物リスト、巻名解説、歌の数え上げ、源氏物語成立に関する記述など）があったのかどうかは不明です。

九条家本の特徴

九条家本は、他の古系図にはない特徴を複数備えています。

1. 巻名: 多くの巻名は現代の一般的なものと同じですが、「匂宮」を「かほる中将」と表記している点が特筆されます。これは鎌倉時代の注釈書にも見られる呼称であり、当時の通称であった可能性を示唆します。

2. 人物呼称: いくつかの登場人物の呼称が、現代の一般的なものとは異なります。「玉鬘」を「夕顔尚侍」、「雲居の雁」を「夕霧大将北方」、「宇治の中君」を「故郷離るる中君」と呼んでいます。このような呼称は、九条家本系統の古系図にのみ見られる特徴であり、系図の分類基準にもなっています。

3. 母系記述: 母系の記述に「はゝ」を用いていますが、母系不明の人物には「はゝ」のみで記述が途切れている箇所があります。これは、系図が未完成または作成途中の状態であった可能性を示唆しています。

4. 裏書: 多くの登場人物について、詳細な記述が裏書きとして記されています。明石中宮、朝顔、紫上、薄雲、夕顔尚侍（玉鬘）、朧月夜、明石上、空蝉などは該当箇所の裏に、花散里のみ巻末付近の裏に裏書が見られます。これは他の古系図には見られない特徴です。

5. 本文引用: 人物の説明に源氏物語本文をほぼそのまま引用していますが、その本文の系統は、青表紙本や河内本とは異なり、保坂本に最も近い系統です。これは当時の一般的な本文系統を示唆するものです。

6. 収録人物数: 常磐井和子氏の研究によれば、系図に収録されている人物が少ないほど古いとされています。九条家本は、欠損部分を含めても、他の古系図と比較して収録人数が非常に少ない部類に入ります。この点も、九条家本が原型に近い系図である可能性を示しています。

7. 他本との校合の欠如: 他の古系図に見られるような、他本との校合の痕跡が全く見られない点も特筆すべき点です。これは、九条家本が作成された当時、参照可能な人物系図が存在しなかった可能性を示唆し、その原初性を裏付ける要素の一つとして捉えられています。

九条家本系統

池田亀鑑氏は、九条家本と類似した古系図を「九条家本系統」と分類し、この系統が最も古い形を保っているとしました。秋香台本古系図、伝二条為定筆本古系図など複数の古系図が、この系統に属すると考えられています。

翻刻と影印

九条家本は、『源氏物語大成』資料篇で翻刻され、東海大学桃園文庫からも影印本が刊行されています。これらの資料を通じて、九条家本源氏物語系図は、現代の源氏物語研究においても重要な一次資料として活用されています。

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