乞食学生 (小説)

乞食学生：太宰治の描く、青年の彷徨と社会への問いかけ

太宰治の代表作の一つに数えられる『乞食学生』は、一見すると、貧しい学生と少年の奇妙な一日を描いた短編小説です。しかし、その表面を覆う独特の抒情性とユーモラスな描写の下には、深く根付いた社会への批判と、人間の存在への根源的な問いが潜んでいます。物語は、作者自身を投影したとされる「私」という語り手の視点から語られます。

物語は、「私」が自身の駄作をポストに投函した後、玉川上水の土手で出会う白い裸の少年との出会いから始まります。この出会いは、偶然にも思えますが、物語全体を貫く不条理と混沌の象徴として機能しています。少年を救助した後、二人は井の頭公園の茶店で親子丼を食べるのですが、この場面では、わずかなお金のやり取りを通して、貧困という社会問題がさりげなく描かれています。

少年の名前は佐伯五一郎。彼は裕福な代議士の葉山から援助を受けている高校生で、その晩、葉山のサロンで映画の弁士を務めることになっています。ところが、「私」は、佐伯に代わり弁士を申し出ます。この行動は、一見すると奇異に見えますが、「私」の社会への反抗心、あるいは権力や富への皮肉とも解釈できます。

「私」は佐伯の友人の制服を借りて弁士を務めることになるのですが、その場面で「なるべくなら僕は、清潔な、強い、明るい、なんてそんな形容詞を使いたくないんだ。自分のからだに傷をつけて、そこから噴き出た言葉だけで言いたい。下手くそでもいい、自分の血肉を削った言葉だけを、どもりながら言いたい」という、自身の言葉への強いこだわりを吐露します。これは、太宰治自身の創作に対する姿勢を反映していると言えるでしょう。

作品中には、フランソワ・ヴィヨンの詩や『アルト・ハイデルベルク』の歌が引用されています。これらの引用は、単なる装飾ではなく、物語全体のテーマである人間の孤独や絶望、そして、社会に対するアンチテーゼを強調する役割を果たしています。ヴィヨンの詩は、特に「私」の精神状態と深く結びついており、作品全体に漂う諦観や悲観的な雰囲気をさらに濃密なものにしています。

『乞食学生』は、一見すると散漫でまとまりのない物語のように見えます。しかし、その中に潜む複雑な心理描写、社会への鋭い洞察、そして、太宰治独特のユーモラスな語り口は、読者に強い印象を与えます。貧しい学生と裸の少年という対照的な人物像、そして、それらを取り巻く社会の不条理さは、読者に深い思考を促し、人間の生や社会の在り方について考えさせる、奥深い作品です。物語の最後に、明確な解決や結論はないまま終わりますが、だからこそ、読者自身の解釈や考察を促し、長く記憶に残る作品となっています。

太宰治の他の作品と同様に、『乞食学生』は、彼の複雑な内面世界と、時代背景が複雑に絡み合った作品です。貧困、社会の矛盾、そして人間の孤独といった普遍的なテーマを、独特の感性と表現力で描いたこの作品は、今もなお多くの読者に感動を与え続け、語り継がれているのです。

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