乳酸リンゲル液

乳酸リンゲル液

乳酸リンゲル液は、医療現場で頻繁に用いられる晶質液系の輸液製剤です。略してRLとも呼ばれ、開発者の名にちなんでハルトマン液と呼ばれることもあります。主に、急激な体液量の減少や電解質バランスの乱れを是正する目的で静脈内に投与されます。

組成と特性

この溶液は、塩化ナトリウム、乳酸ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムを水に溶解して調整されています。そのイオン組成は、健康な人の血漿に近いバランス（ナトリウム、カリウム、カルシウム、クロリド、乳酸）になるよう設計されています。具体的には、1リットルあたり約130mEqのナトリウム、約4mEqのカリウム、約2mEqのカルシウム、約109mEqのクロリド、そして約28mEqの乳酸イオンが含まれます。浸透圧は約273 mOsm/Lであり、血液とほぼ同じ浸透圧（等張性）を持っています。pHはおよそ6.5です。

作用機序

乳酸リンゲル液に含まれる乳酸イオンは、体内で主に肝臓によって代謝され、重炭酸イオンに変換されます。この重炭酸イオンは体内の重要な緩衝剤として働き、代謝性アシドーシス（血液が酸性に傾いた状態）を中和する助けとなります。これにより、特に体液喪失や特定の病態（腎不全など）で生じやすい酸塩基平衡の異常を是正する効果が期待できます。乳酸はクエン酸回路で代謝される過程で、最終的にアルカリ化作用を発揮します。

主な用途

乳酸リンゲル液の最も一般的な用途は、出血、熱傷、脱水などによる急激な体液喪失に伴う循環血液量減少性ショック（出血性ショックなど）に対する輸液蘇生です。失われた血液量や細胞外液量を迅速に補い、循環動態の維持を助けます。また、電解質の補給が必要な場合にも使用されます。化学物質による眼の熱傷においては、洗浄液として患部に直接適用されることもあります。さらに、一部の薬剤を静脈内に投与する際の希釈液や溶解液としても利用されます。

投与方法と注意点

通常は静脈内に投与されます。輸液蘇生時には、病状に応じて比較的速い速度（例えば体重1kgあたり毎時20〜30mL）で投与されることがあります。ただし、日常的な維持輸液としては、電解質濃度（特にナトリウムやカリウム）が維持に必要な量に対して低い場合があり、また長期間の大量投与により乳酸代謝による代謝性アルカローシスを招く可能性があるため、他の輸液製剤が選択されることが多いです。副作用としては、アレルギー反応、体液過剰（循環血液量過多）、高カリウム血症や高カルシウム血症などの電解質異常が起こり得ます。特定の薬剤との配合変化を起こす可能性があるため、混合には注意が必要です。また、輸血用血液製剤と同じ輸液ラインでの同時投与は避けるべきだとする見解もあります。肝機能が著しく障害されている患者さんでは、乳酸の代謝が遅れる可能性があるため、乳酸を含まない、あるいは乳酸以外の成分（酢酸など）を緩衝剤として含む輸液製剤が考慮されることがあります。

歴史と関連製剤

体液補充の基本となるリンゲル液は、1880年代初頭に英国の生理学者シドニー・リンガーが、カエルの心臓を用いた実験のために開発した生理的な塩類溶液に由来します。その後、1930年代にアメリカの小児科医アレクシス・ハルトマンが、アシドーシス治療への応用を目的として乳酸ナトリウムを添加して改良し、現在の乳酸リンゲル液が確立されました。

乳酸リンゲル液以外にも、電解質組成や緩衝剤が異なる様々な晶質液が存在します。例えば、肝機能障害がある場合の代替として酢酸ナトリウムを緩衝剤とする酢酸リンゲル液があり、スカンジナビアなどの一部地域で広く使用されています。日本では、重炭酸ナトリウムを緩衝剤として用いる重炭酸リンゲル液も利用されています。

その他

乳酸リンゲル液は、世界保健機関（WHO）の必須医薬品リストに掲載されており、世界中で広く使用されています。ジェネリック医薬品としても入手可能です。ヒト医療だけでなく、獣医学領域でも、特に小動物の慢性腎不全に対する体液補充療法などに用いられています。

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