乳頭筋

乳頭筋 (Papillary muscle)

乳頭筋は、心臓のポンプ機能において重要な役割を果たす筋肉群です。これは主に心臓の下部にあたる心室内に存在し、心室が収縮する際に血液が逆流するのを防ぐために、房室弁という弁を支えています。心臓全体の筋肉質量の約1割を占めています。

構造

心臓には合計5つの乳頭筋があります。右心室には3つ、左心室には2つです。

右心室: 前部、後部、そして中隔の3つの乳頭筋があります。これらはそれぞれ腱索という繊維性の組織を介して三尖弁の弁尖に接続し、弁の動きを制御しています。
左心室: 前外側と後内側の2つの乳頭筋があります。これらは同様に腱索を介して僧帽弁の弁尖に繋がり、弁の機能維持を助けています。

機能

乳頭筋の主な機能は、心室が収縮（心室収縮）する際に、房室弁（右心室の三尖弁、左心室の僧帽弁）が心房側へ反転したり、脱出したりするのを防ぐことです。これにより、心室内の血液が心房へ逆流するのを効果的に防ぎます。

この機能は、心室収縮が始まる直前から乳頭筋が収縮を開始し、心室収縮中も一定の張力を保つことで実現されます。腱索を介して弁尖を適切に引っ張ることで、弁尖が高圧になる心室側から心房側へ押し開けられてしまうのを防ぎ、弁を閉じた状態に保つのです。

血液供給

乳頭筋への血液供給は、心臓の冠動脈系によって行われます。特に左心室の乳頭筋は、供給元の動脈によって破裂のリスクが異なります。

前外側乳頭筋: この筋肉は、左冠動脈の前下行枝（LAD）の対角枝と、左冠動脈回旋枝（LCX）の鈍角辺縁枝という、複数の供給源から血液を受け取っています。この多源的な供給が、比較的安定した血流を確保しています。
後内側乳頭筋: 対照的に、この筋肉への主な血液供給は、右冠動脈（RCA）から分岐する後室間動脈によって行われることが多いです。供給源が比較的単一であるため、この動脈が閉塞した場合、後内側乳頭筋は虚血に陥りやすく、断裂などの重篤な損傷を受けやすい傾向があります。

臨床的な意義

乳頭筋の機能障害や損傷は、心臓の弁機能に直接的な影響を与え、重大な臨床的問題を引き起こす可能性があります。例えば、心筋梗塞によって乳頭筋が断裂したり、虚血状態が続くことで乳頭筋の収縮力が低下したりすることがあります。

これらの合併症が発生すると、乳頭筋が弁を適切に支えられなくなるため、房室弁が閉まりきらず、心室から心房への血液の逆流（弁逆流症）が悪化することがあります。特に僧帽弁の逆流は、全身への血液拍出量の低下や肺うっ血などを引き起こし、心不全などの症状を招く可能性があります。したがって、乳頭筋の健康状態は心臓の全体的な機能にとって非常に重要です。

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