亀井文夫

亀井文夫：社会派ドキュメンタリーの先駆者

亀井文夫（1908年-1987年）は、日本の映画史において特筆すべき存在感を放つ映画監督です。福島県生まれの彼は、幼少期を仙台で過ごし、早稲田中学校卒業後、文化学院大学部へ進学しますが中退。その後、ソビエト連邦へ渡り、映画芸術に魅せられます。レニングラード映画技術専門学校で映画を学び、帰国後、東宝の前身である写真化学研究所（PCL）に入社しました。

1935年、『姿なき姿』で監督デビューを果たすと、その才能はすぐに開花。初期作品から社会派的な視点を持ち込み、戦争の現実やその悲惨さを描く作品で注目を集めます。特に1938年の『上海』では、単純な戦勝報告ではなく、戦争の残酷さを含んだ表現で物議を醸し、彼の反骨精神が早くから示されたと言えるでしょう。

しかし、彼の反骨精神は、時に大きなリスクを伴いました。日中戦争期には、軍部にとって不都合な内容の作品を制作したため、上映禁止処分を受け、治安維持法違反容疑で逮捕・投獄されるという厳しい経験もしています。これは、映画監督として、唯一の検挙・投獄、演出家資格抹消という極めて異例な事態でした。

戦後も、亀井文夫の映画制作への情熱は衰えることはありませんでした。むしろ、彼は日本帝国主義の侵略性と歴史を批判的に描いた『日本の悲劇』（1946年、吉見泰との共同編集）で、再び権力からの圧力にさらされます。この作品はGHQによって上映禁止とされ、彼の映画作りの姿勢が、いかに時代と対峙するものであったかを示しています。

レッドパージの対象者にもなった亀井文夫ですが、山本薩夫らと共に独立プロダクション新星映画社を設立し、活動を続けます。以後も、純粋な科学記録映画から、左派的な政治性を帯びたもの、環境問題を取り上げたものまで、幅広いテーマの作品を制作しました。1954年には、独立プロ「日本ドキュメントフィルム」を設立し、より自由に、そして自身の信念に基づいた映画製作を追求し続けます。

彼の作品には、『女の一生』（1949年）、『母なれば女なれば』（1952年）、『生きていてよかった』（1956年）、『人間みな兄弟　部落差別の記録』（1960年）など、社会問題や人間の生き様を深くえぐり、多くの観客に強い印象を与えた作品が数多くあります。晩年には、日本航空のPR映画『日本の翼』（1966年）や、『生物みなトモダチ――トリ・ムシ・サカナの子守歌』（1986年）など、ジャンルにとらわれない作品制作にも取り組みました。

1989年には、自身の波乱に満ちた監督人生を振り返った著書『たたかう映画―ドキュメンタリストの昭和史』を出版。この本は、彼の映画人生とその時代背景を理解する上で貴重な資料となっています。

亀井文夫は、常に時代と対峙し、自身の信念を貫いて映画を作り続けました。その作品群は、日本のドキュメンタリー映画史に燦然と輝く、重要な遺産として、これからも多くの人々に影響を与え続けるでしょう。彼の生涯と作品は、現代社会を考える上でも、多くの示唆を与えてくれるに違いありません。

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