二つの円のある自画像

レンブラントの晩年を彩る謎めいた自画像：「二つの円のある自画像」

レンブラント・ファン・レインが17世紀半ば、最晩年に描いた「二つの円のある自画像」。この作品は、油彩で描かれた40点を超えるレンブラントの自画像の中でも、特に異彩を放つ存在です。ロンドンのケンウッド・ハウスに収蔵されているこの絵画は、背景に描かれた2つの謎めいた円が、長年にわたり美術史家たちを魅了し続けています。

作品の概要

レンブラントは、白い帽子をかぶり、黒い毛皮の裏地付きの上着を羽織って描かれています。赤いベストと白いシャツがのぞき、右手に腰に手を当てているようにも見えますが、その正確な位置は曖昧です。左手に持っているのは、木製のパレット、絵筆、そしてモールスティック（絵筆を支える道具）。人物像は実物大よりも大きく、背景は珍しい明るいベージュがかった灰色です。画面右端には、レンブラントのイーゼルに置かれたキャンバスと思しき縦線が描かれています。

最も目を引くのは、画面中央やや左に配置された2つの大きな円です。円は画面からはみ出すほど大きく、その形状は完全な真円ではなく、やや歪んでいます。レンブラントは、この2つの円の間、やや左寄りに立っています。この作品には、レンブラントの自画像としては珍しく、署名や日付がありません。しかし、科学的調査によって、両端がそれぞれ数センチ切り取られた可能性が示唆されており、署名もこの際に失われたと考えられています。

制作過程と技法

全体的には粗い筆致で描かれており、即興的な描写も随所に見られます。帽子の白い絵具は荒く塗り重ねられ、上着は厚く不鮮明に描かれています。道具の描写も最小限で、パレットの中央部分はほとんど何も描かれておらず、レンブラントの上着が透けて見えます。絵具が乾く前に絵筆の柄で引っかいて線を入れる技法も使用されており、パレットの下の布や、顔のひげ、白髪などにそれが確認できます。

X線撮影による調査からは、レンブラントが制作途中で腕や身体の向きを変えたことが明らかになっています。当初は鏡に映った姿をそのまま描こうとしていたようですが、左右反転した鏡像を修正し、最終的な構図に至ったようです。この修正は即興的に、絵筆を走らせるようにして行われたと考えられます。

興味深いことに、この作品で最も完成度が高いのは、謎めいた2つの円を含む背景部分です。明るい色調の背景は、円を際立たせるため意図的に選ばれた可能性があり、X線調査でも円の内側に何かが描かれていた痕跡は見つかっていません。

様々な解釈

背景の2つの円の解釈については、様々な説が提唱されています。最も有力な説は、美術史家ベン・ブロースによる「完全性と永遠性説」です。ブロースは、レンブラントが描いた他の作品に注目し、円を永遠性の象徴として解釈。レンブラントが自身の偉大さを主張するために、完全性と永遠性の象徴である円の前に立つ自身の姿を描き出したと主張しています。しかし、円の形状や描き方に完璧性がないことなど、反論も存在します。

他に、ヤン・アメリング・エメンスによる「理論と実践説」では、2つの円を「理論」と「実践」の象徴として、レンブラントが両者の調和の上に立つことを表現していると解釈しています。しかし、この説も、一部の解釈に疑問符が付きます。また、「世界地図説」も提唱されてきましたが、多くの反論によって否定されています。

作品の来歴

「二つの円のある自画像」の初期の来歴は不明瞭です。18世紀にはフランス貴族が所有していた記録があり、その後ブリュッセルを経て、19世紀にイギリスに移りました。1836年にランズダウン侯爵が購入、その後、アイヴァー伯爵を経て、1927年にケンウッド・ハウスに寄贈されることとなりました。

まとめ

「二つの円のある自画像」は、レンブラントの晩年の制作技法や、その謎めいた表現方法を垣間見ることができる重要な作品です。背景の円の真意は依然として謎に包まれており、今後も様々な解釈が提示されていくことでしょう。この作品は、鑑賞者の想像力を掻き立てる、まさに謎に満ちた魅力的な一枚と言えるでしょう。

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