井上允

井上 允（いのうえ まこと）氏は、1947年2月に島根県で誕生した日本の著名な天文学者です。特に電波天文学の分野で顕著な業績を上げてきました。名古屋大学において天文学を修め、1977年に同大学大学院理学研究科博士課程を修了。その後、1984年には「The structure of extragalactic radio sources with flat spectrum（平らなスペクトルを持つ銀河系外電波源の構造）」と題する研究論文で、理学博士の学位を取得しました。

研究者としての道を歩み始めたのは、1981年に東京大学東京天文台の助手となってからです。この東京天文台は、現在の国立天文台の前身にあたります。井上氏は、日本の電波天文学研究の中核施設である国立天文台野辺山宇宙電波観測所の建設計画に初期段階から深く関与しました。施設完成後、彼はこの観測所を拠点として、活動銀河の中心部で起こる様々な天体現象の観測と研究に情熱を注ぎました。

井上氏の科学者としてのキャリアにおいて、特に高く評価されている業績の一つは、銀河系中心部に存在する巨大ブラックホールの存在を確実な証拠とともに初めて実証した研究です。彼は、複数の電波望遠鏡を地球規模で連携させる超長基線干渉計（VLBI）という極めて高い分解能を持つ観測技術を駆使しました。この技術を用いて、活動銀河中心部の水メーザー源（特定の周波数の電波を放つ天体）を詳細に観測。その結果、太陽の数百万倍もの質量が極めて狭い領域に集中している明確な証拠を捉えることに成功しました。これは、銀河中心核に巨大ブラックホールが存在するという理論を、観測的に裏付ける画期的な発見でした。この偉業に対し、井上氏は共同研究者である中井直正氏、三好真氏と共に、1996年に日本の科学賞として非常に権威のある仁科記念賞を贈られました。

また、井上氏は、観測技術のさらなる向上にも精力的に取り組みました。彼は、地上にある電波望遠鏡だけでなく、人工衛星に搭載した電波望遠鏡も組み合わせて干渉計を構成する、画期的なスペースVLBI計画の推進に中心的な役割を果たしました。日本のVSOP計画（VLBI Space Observatory Programme）や、その後のVSOP2計画といった国際協力ミッションにおいてリーダーシップを発揮し、宇宙空間からの観測によって、活動銀河核から噴出するジェットの構造や、ブラックホール周辺の環境をかつてない高解像度で観測することを可能にしました。

長年の研究活動と貢献は、国内外で多くの賞によって称えられています。1988年にはNASAから共同成果賞（Group Achievement Awards）を、1995年にはRubin Prizeを受賞しました。前述の仁科記念賞（1996年）に加え、2005年には国際宇宙航空学会（IAA）チーム栄誉賞（Laurels for Team Achievement Award）と日本天文学会欧文研究報告論文賞を受賞するなど、その功績は多岐にわたります。

国立天文台で長らく教授として教鞭をとり、多くの後進研究者を育てた後、現在は国立天文台名誉教授の称号を有しています。さらに、研究の場を海外にも広げ、台湾の中央研究院 天文及天文物理研究所にて特聘研究員として、引き続き最先端の研究活動に携わっています。

井上允氏は、革新的な観測技術の開発と応用を通じて、銀河中心部の巨大ブラックホール研究という現代宇宙物理学の重要なテーマに貢献しました。彼の研究成果と技術開発への貢献は、日本の電波天文学を世界のトップレベルに引き上げ、宇宙の理解を深める上で計り知れない影響を与えています。

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