井上卓之

井上卓之（いのうえ たくし、1921年 - 1995年）は、昭和から平成にかけて活躍した日本の重要な造園家、作庭家の一人である。京都市に生まれた彼は、伝統的な日本庭園から現代的な公共空間に至るまで、幅広い分野で数多くの作品を手がけ、日本の造園界に大きな足跡を残した。その独自の美意識に基づく作風は「きれいさび」と評されている。

井上は京都市左京区で生を受け、1938年に京都府立農林学校を卒業した後、東京高等造園学校に進学し、1941年に繰り上げ卒業した。しかし、卒業後は兵役に就き、戦後は北満州からシベリアへの抑留という苦難を経験した。1948年に帰国を果たした彼は、京都大学農学部林学科の関口研究室で研鑽を積んだ後、1950年に西川浩設計事務所に入所する。師である西川浩は東京高等造園学校の先輩にあたる人物だったが、51歳で早逝したため、井上は1952年に自身の井上造園設計事務所を設立し、独立の道を歩み始めた。

独立後、井上は個人邸の庭園設計から公共施設の緑化計画まで、その活動範囲を急速に広げていった。特に、宮大工として名高い平田雅哉氏ら、他分野の優れた専門家とも積極的に協働し、熱海の大観荘庭園（龍居松之助と共同）など、大規模なプロジェクトにも携わった。1960年代には、大阪の松下電器本社関連施設の造園や、宮内庁京都御苑事務所の造園計画、師の関口えい太郎氏監修による京都国立博物館庭園、竹林寺の造園計画など、多方面からの依頼に応じた。滋賀県立高島高等学校や兵庫県の料亭播半新館の造園工事などもこの時期に行われている。

1964年には京都国立博物館の中央庭園の改造設計を担当するなど、歴史的建造物の環境整備にも貢献した。1965年には、東京高等造園学校の同級生である荒木芳邦氏の事務所や西川浩設計事務所の流れを汲む組織と共に、AIN造園事務所を結成。大阪万博（1970年）の会場内の街路樹計画などに携わるなど、大規模イベントにも関わった。彼の仕事は高い評価を受け、1969年にはホテル西村屋庭園を含む一連の造園設計により、日本造園学会賞計画設計作品部門を受賞している。

1970年代以降も精力的な活動は続いた。1978年の京都府立山城総合運動公園基本設計、1980年の京都市竹林公園、1983年の平城地区歌姫史跡公園や仏教大学キャンパスの造園設計など、公共性の高い仕事も多数手がけた。また、海外にもその活躍の場を広げ、1989年から1992年にかけてベルギー・ハッセルトの日本庭園の設計・監修を行った。国内では、紙屋川庭園（アマン京都）、美山町の庭、新千里北町パブリックアートなどの独創的な作品も生み出した。代表的な個人邸の庭園としては、左京区の荒木・鈴木邸、寺田邸（花かごの庭）、西田邸、犬飼邸、立石邸、高松邸などがある。日本料理「鴨川」の各店舗の庭園空間も、高松武夫氏との協働により手がけた重要な作品群である。

井上卓之の作品に共通するのは、「きれいさび」と称される洗練された美意識である。伝統的な日本の美意識を基盤としながらも、現代的な空間感覚を取り入れ、抑制された表現の中に奥深さと静謐さ、そして明るさや軽やかさを感じさせる独特の風格を持っていた。彼は造園作品を通じて、人々に安らぎと感動を与える空間を創出し続けた。また、1978年には造園に関する著書『植木と庭づくり』を主婦と生活社から出版するなど、知識の普及にも努めた。

1995年に74歳で亡くなるまで、井上卓之は日本の造園界の第一線で活躍し、その多岐にわたる作品群は今日でも多くの人々に親しまれている。彼の残した遺産は、現代の造園に大きな影響を与え続けている。

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