井上啓次郎

井上 啓次郎

井上 啓次郎（いのうえ けいじろう、1911年1月30日 - 1989年4月16日）は、昭和期に活躍した日本の科学技術官僚であり、工学博士でもあります。科学技術庁で要職を歴任し、特に第4代科学技術事務次官として日本の科学技術政策を推進する上で中心的な役割を果たしました。原子力開発、技術振興、そして科学技術政策史の研究に至るまで、その活動範囲は多岐にわたりました。

経歴と初期キャリア

三重県に生まれた井上啓次郎は、1936年に東京工業大学（現在の東京科学大学）の電気化学科を卒業しました。卒業後、技術行政の道に進み、技術院で参技官を務めるなど、官僚としての経験を積み始めます。学問的な探求心も深く、1954年には「活性炭の製造並びに性状に関する研究」によって、母校である東京工業大学から工学博士の学位を取得しました。この時期に培われた専門知識と行政手腕が、その後のキャリアの基盤となります。

科学技術行政における活躍

科学技術庁へ移った井上は、日本の原子力開発という国家的な重要課題に関わることになります。原子力局で科学調査官、次長といった要職を歴任し、原子力利用に関する政策の企画・推進に深く関与しました。1962年には資源局長に就任し、エネルギー資源など、より広範な科学技術資源に関する行政を担いました。

特に注目されるのは、日本初の原子力船の開発プロジェクトへの関与です。1963年に日本原子力船開発事業団が設立されると、井上は原子炉担当理事としてその初期段階から参加し、原子力船「むつ」の基本設計において重要な役割を果たしました。これは、当時の日本の技術力を結集した国家的事業であり、その中心的メンバーの一人として貢献しました。

科学技術事務次官として政策を牽引

1964年から1968年にかけて、井上啓次郎は科学技術行政の最高責任者である科学技術事務次官（第4代）を務めました。この期間、日本の科学技術政策全般の指揮を執り、国の科学技術力向上に向けた様々な施策を推進しました。中でも、日本の核燃料サイクル確立の要となる東海再処理施設の建設を巡る諸問題に対応するなど、難題の解決に尽力し、日本の原子力政策の進展に決定的な影響を与えました。事務次官として、研究開発体制の整備、大型プロジェクトの推進、国際協力の促進など、日本の高度経済成長期における科学技術行政の舵取りを行いました。

退官後の貢献と晩年

官界を退いた後も、井上は日本の科学技術および技術振興に情熱を傾け続けました。1969年には日本科学技術連盟の専務理事に就任し、翌1970年には第6代理事長として、民間の立場から企業の技術開発支援や品質管理の普及などに努めました。

さらに、1981年には再び原子力船事業に関わる日本原子力船研究開発事業団の理事長に就任するなど、その専門性と経験は引き続き国の重要プロジェクトに活かされました。1983年には宇宙開発委員会の委員を務め、宇宙科学技術の発展にも関与しました。また、未踏科学技術協会の副理事長なども務め、常に未来を見据えた革新技術の振興にも力を注ぎました。

井上は、実務的な行政官であると同時に、日本の科学技術政策の歩みを記録することの重要性も認識しており、未踏科学技術協会内に科学技術政策史研究会を設立しました。この研究会が編纂した『日本の科学技術政策史』は、氏の死後である1990年に刊行され、貴重な歴史資料として残されています。

長年にわたる日本の科学技術への多大な貢献が評価され、1986年には勲二等旭日重光章を受章しました。1989年4月16日、心筋梗塞のため78歳で逝去しました。その功績を称え、没後に正四位に叙されました。

主な著書

『石油から生れたわたしは合成紙』日刊工業新聞社 1969年
『特許戦略実用便覧』ラテイス 1974年
『データの図典』ラテイス 1980年
『原子力船｢むつ｣ : 開発記録』東洋社 1986年
* 『技術新天地を行く : 井上啓次郎自叙伝』未踏科学技術協会 1992年

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