井蛙抄

『井蛙抄』（せいあしょう、写本によっては『水蛙眼目』とも）は、南北朝時代の歌人、頓阿（とんあ）によって著された全六巻からなる歌論書です。成立は1360年から1364年頃とされています。二条家において、特に重要な歌論書の一つとして位置づけられています。

構成

巻一：風体の事
歌の表現様式や技巧について論じています。藤原公任の『新撰髄脳』、源俊頼の『俊頼口伝』、『古来風体抄』、藤原定家の『詠歌大概』『近代秀歌』『毎月抄』、順徳院の『八雲御抄』など、著名な歌論書からの引用が多数含まれています。また、歌合における判定の言葉である歌合判詞も引用し、様々な歌論を紹介しています。歌の持つべき美的要素や、表現の理想について考察を深めています。

巻二：本歌取の事
本歌取り、つまり過去の優れた歌（本歌）を踏まえて新たな歌を創作する技法について詳述しています。本歌と新たに作られた歌との比較を通して、本歌取りの具体的な方法や効果、注意点などを解説しています。本歌取りは、単なる模倣ではなく、本歌の持つイメージや感情を新しい歌に昇華させる高度な技法であり、その奥深さを伝えています。

巻三：制の詞の事
歌語として使用すべきではないとされた言葉、いわゆる禁忌語について論じています。その理由として、「優美さに欠ける」「意味が適切でない」「言葉の響きが悪い」などが挙げられています。また、言葉自体に問題はなくても、当時の風俗にそぐわないために使用が避けられた語についても触れています。歌語の選択における美的感覚や時代背景の重要性を示唆しています。

巻四：同名の名所
同じ名前の地名が歌に詠まれた例を集めています。同名の地名が持つ多様なイメージや、歌に与える影響について考察しています。歌に詠まれた地名を通して、日本の地理や歴史、文化に対する理解を深めることができます。

巻五：同類の事
類似した歌の異同について論じています。一見似ている歌でも、細部に目を凝らすことで、作者の個性や表現意図の違いが見えてきます。歌の比較を通して、鑑賞眼を養うことを目的としています。

巻六：雑談（水蛙眼目）
頓阿が過去の歌の大家から直接聞いた話や、西行をはじめとする歌人たちの逸話などを集めています。歌論というよりは、歌人たちの人間像や、歌にまつわる興味深いエピソードを紹介する内容となっています。歌壇の裏話を知ることで、歌に対する理解を深め、より身近に感じることができます。

参考文献

* 佐佐木信綱編『日本歌学体系 第五巻』（風間書房、1957年）

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