京丸

静寂に包まれた伝説の地、京丸

京丸（きょうまる）は、静岡県浜松市天竜区春野町小俣京丸の西部に位置する、かつて人里離れた仙境、秘境とされた場所です。石切川の源流をなす山中にひっそりと佇み、その特異な歴史と文化は、多くの人々を魅了してきました。

隠された里の歴史

京丸の存在が知られるようになったのは、享保年間の洪水で下流の石切村に椀が流れ着いたことがきっかけとされています。それまで、京丸は外部からは隔絶された、まさに「隠れ里」だったのです。

住民は、京都から世を避けて隠れ住んだ藤原左衛門佐の子孫と伝えられ、全員が藤原姓を名乗っていました。これは山村の神人の家に多い例です。しかし、最後の住人であった藤原忠教の死去後、京丸は無住集落となり、静寂に包まれています。

地名の由来は、京の人が住むからという説が有力ですが、「掛川志」には遠江奥山郷について「御料の地であつて、三年毎に上番をした、仕丁一人ありこれを京夫丸といふ」とあることから、京夫丸が転訛したという説も存在します。

また、貴人が隠棲した地であるという伝説も多く、平家の残党、後醍醐天皇、宗良親王などがその候補として挙げられています。応永年間の「浪合記」などの記述からは、遠江、三河などの山地に伝わる尹良親王との関連も指摘されています。

仙境とされた所以

京丸が仙境と見なされた理由の一つに、里長の屋敷の風格や、阿弥陀堂に伝わる親鸞上人筆と称される画像がありました。特に特徴的なのは、葬式に僧侶を呼ばず、阿弥陀の画像を導師とした点です。このような葬儀の形式は、周智郡内の山村、三河、飛騨などでも見られました。

柳里恭の「雲萍雑志」には、京丸について「十五里ほど山に入れば、遠江と信濃の国のさかひなる川そひの地に、京丸と呼ぶところあり、その地は他より人の行きかふべきところにもあらず、国の境に、藤の蔓もて長さ五六十間もあらんとおもふほどの桟をかけたり」と記述されています。さらに、「その地は家わづかに四五軒ありて、農の業はすれども、常の食は米は聊かも食はで、稗にあづきをまじえて粮とす」と、厳しい生活環境が伺えます。

西村白烏の「煙霞綺談」には、京丸のボタンについて「険阻なる山のはらに大木二本あり、遠く見渡すところ、一本は凡そ四囲、一本は二囲ほどにて、初夏に花を発く、其色白く径尺ばかりに見ゆる、外に類すべきものなく、牡丹なりしといへり」と記されています。また、「古しへ内裏の跡にて、其時の花壇なりと土俗いひ伝へり」と、都との繋がりを示唆する記述も見られます。

京丸については、「遠江風土記伝」、「秉穂録」、「煙霞奇談」、「遠山奇談」、「東海道名所図会」、「遠山著聞集」、曲亭馬琴の「山牡丹」など、多くの文献で言及されていますが、そのほとんどは伝聞に基づいています。

京丸牡丹伝説

遠州七不思議の一つとして知られる京丸牡丹の伝説は、京丸の神秘性を象徴する物語です。村に迷い込んだ若者と村の娘が恋に落ちますが、里人以外との婚姻を禁じる掟によって、二人は悲恋に終わります。嘆き悲しんだ二人は、巨大なボタンに変身したと言われています。

そのボタンは、開花すると遠方からも見ることができ、落花が渓流を流れてくるという言い伝えがあります。ボタンの花の色や開花周期については諸説あり、7年、10年、60年ごとに咲くとも言われています。京丸集落の住人であった藤原忠教は大正2年頃にこの巨大牡丹を目撃したと証言していますが、現地住民の間では、実際にはシャクナゲの誤認ではないかと考えられています。

近代以降の京丸

明治初年の時点では、京丸は幕府領の小俣京丸村の一部でした。1889年（明治22年）の町村制施行により、小俣京丸村を含む5村が合併し、周智郡気多村が成立。1957年（昭和32年）には、周智郡春野町と気多村が合併し、春野町となりました。そして2005年（平成17年）に、春野町が浜松市に編入され、現在に至ります。

現在の京丸

かつて人々の営みがあった京丸は、現在では無住集落となり、ひっそりと静まり返っています。しかし、その歴史と伝説は今も語り継がれ、訪れる人々を魅了し続けています。

京丸を訪れる際には、かつての住民たちの暮らしや、仙境とまで呼ばれた神秘的な雰囲気に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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