尹良親王

尹良親王とは

尹良親王（ゆきよししんのう/これながしんのう/ただながしんのう）は、南北朝時代に存在したとされる南朝の皇族です。『浪合記』や『信濃宮伝』といった軍記物にその名が見られますが、歴史学的には実在が疑わしい人物とされています。これらの軍記によれば、後醍醐天皇の孫であり、宗良親王の子とされています。母は井伊道政の娘と伝えられています。伝説では、父である宗良親王の討幕の遺志を継ぎ、東国各地で転戦したとされています。しかし、これらの記述は信憑性に乏しく、創作された人物であるとの見方が一般的です。別名として源尹良とも呼ばれます。

実在性への疑問

尹良親王の名前は、同時代の信頼できる史料には一切見当たりません。また、まとまった伝記とされる『浪合記』や『信濃宮伝』も、内容に矛盾や時代錯誤が多く、近世前期に成立した偽書とされています。そのため、歴史学の研究においては、尹良親王は机上の創作とみなされています。

この尹良親王の伝説は、足利直義が知久祐超の娘を妾として産んだ「之義」という人物の伝説が元になっているという説があります。しかし、『続本朝通鑑』に引用された『信濃郷談』では、足利之義の伝説は信用に値しないとされ、「則之良蓋宗良子乎（之良＝之義は宗良親王の子か）」と疑問を呈しています。このことから、まず宗良親王の子の伝承があり、それが『鎌倉大草紙』に記された「弘和年間に浪合で戦死した南朝の皇族」の話と結びつき、知久氏によって足利之義の伝承に変化し、最終的に尹良親王伝説になったと考えられています。

さらに、『寛政重修諸家譜』には、「『寛永諸家系図伝』では、祐超は室町将軍から錦の母衣を賜ったとあるが、現在の系譜では南朝の尹良親王から賜ったとある」と記されており、祐超の娘が之義の母であるという記述と合わせて、伝説の変遷を物語っています。

伝説の概要

『浪合記』と『信濃宮伝』の間では、年紀などに異同が見られますが、『南朝編年記略』などを参考にすると、伝説の内容は以下のようになります。

尹良親王は遠江井伊谷で生まれ、初め上野に移りました。その後、吉野に参候し、親王宣下を受けて二品に叙されます。後に兵部卿を経て、源姓を賜り臣籍に下り、正二位権中納言、左近衛大将、征夷大将軍を兼任したとされます。南北朝合一後も吉野に留まり、後に伊勢から駿河宇津野に移り、さらに上野へと向かいますが、鎌倉の軍勢に攻められ柏坂で防戦します。その後、上野寺尾城に赴き、新田義隆が害されると、世良田有親らとともに下野落合城に没落しました。桃井満昌や堀田正重ら旧臣とともに信濃に侵攻し、島崎城の千野頼憲を頼りました。最終的には、三河足助へ向かう途中で浪合にて飯田太郎や駒場小次郎らと戦い、討死したと伝えられています。

釜澤の宇佐八幡社には、尹良親王と6人の随臣が祀られています。

墓所

尹良親王の墓所は、長野県下伊那郡阿智村浪合の円墳とされており、宮内庁の管理下にあります。この地は、親王の首を埋めた場所と伝えられ、隣接する浪合神社では親王が祀られています。明治時代には、親王墓の公認を求める運動が起こり、明治天皇の勅命による調査の結果、現在の墓所が治定されました。陪塚は「千人塚」と呼ばれ、親王に殉じた家臣たちが葬られていると伝えられています。

その他の伝説

岐阜県恵那市笠置町毛呂窪の伝説では、親王は浪合で死なずに逃れ、松王寺で再起を図ったとされます。しかし、足利方に知られて討死したと伝えられます。また、岐阜県中津川市高山の伝説では、親王は中山道西古道を通り、蛭川村を経て高山村で戦死したとされています。これらの地域には、親王の墓所と伝えられる石塔や塚が残されています。岐阜県中津川市蛭川には、親王塚石櫃や寺屋敷などの遺蹟があり、親王がこの地で亡くなったと伝えられています。

系譜

父：宗良親王
母：井伊道政女重子（駿河姫）
兄弟姉妹：桜姫（大橋定省室）
室：世良田政義女
男子：良王（尹重）
男子：氷室良新
男子：崎之宮
女子：蜂須賀正秋室？

ユキヨシ様信仰

伊那谷から北三河・北遠江にかけての地域では、「ユキヨシ様」という習俗が広く分布しています。この信仰は、柳田國男によって民俗学の観点から研究されました。柳田によれば、「ユキヨシ様」はもともと山路の神でしたが、津島神社の御師によって旅人の道中安全を守る守護神へと変化し、さらに浪合で戦死した南朝の皇族に対する御霊信仰と結びつき、尹良親王の伝説が生まれたとされています。この信仰は、近世の地方における南朝史の受容を物語るものであり、尹良親王伝説の形成に大きな影響を与えたと考えられています。ただし、浪合神社の棟札には、祭神を「行義権現」と記しているものもあるため、「ユキヨシ様」信仰は一元的ではないことがわかります。

参考文献

信濃教育会編『建武中興を中心としたる信濃勤王史攷』
渡辺世祐「信濃宮伝及び浪合記について」
柳田國男「東国古道記」
浪合村誌編集委員会編『浪合村誌上巻歴史編』
安井久善「宗良親王の後裔とその活動」
小和田哲男「井伊氏の成長と三岳城」