人間の堕落のあるエデンの園

楽園の風景と堕落の瞬間

『人間の堕落のあるエデンの園』は、バロック期を代表するフランドルの画家、ピーテル・パウル・ルーベンスとヤン・ブリューゲルが1615年頃に共同で制作した油彩絵画です。この作品は、旧約聖書「創世記」に記された人類の祖、アダムとイヴが禁断の果実を口にし、楽園を追放されるという物語を題材としています。

絵画の中央には、蛇にそそのかされたイヴが知恵の木の枝から禁断の果実をもぎ取り、アダムに渡そうとする様子が描かれています。一方、アダムもまた果実を受け取ろうと手を伸ばしており、まさに堕落の瞬間が捉えられています。しかし、この絵の魅力は、単に聖書の物語を描写するだけでなく、背景に広がるエデンの園の風景、そしてそこに生きる様々な動植物の緻密な描写にあります。

画面は、緑豊かな樹木や草花で溢れ、明るい光に満ちています。オウムや孔雀、白鳥、鶏、フクロウなど、色とりどりの鳥たちが飛び交い、ウサギ、ネズミ、シカ、ヤギ、ヘラジカ、ゾウ、ラクダといった多種多様な動物たちが、つがいになって平和に暮らしています。肉食動物でさえも穏やかに描かれており、画面右側ではヒョウのつがいがじゃれ合っています。水辺には大きな魚が泳ぎ、水鳥が歩き回るなど、まさに楽園の様子が表現されています。

しかし、よく見ると、イヴの足元には猫がすり寄り、画面中央では小型犬のつがいがけたたましく吠え、アダムとイヴの行為を警告しているようにも見えます。このように、平和な楽園の様子の中に、堕落の兆候が巧みに織り込まれているのが、この作品の魅力の一つと言えるでしょう。

二人の巨匠の共作

この作品はルーベンスとヤン・ブリューゲルの共同制作であり、それぞれのサインが画面左下と右下に記されています。一般的には、ルーベンスが人物、ヤン・ブリューゲルが背景と動植物を担当したとされています。しかし、実際にはルーベンスもアダムのそばの馬、知恵の木、堕落に誘う蛇など、多くの部分を描いています。ルーベンスの筆致は人物や主要なモチーフに力強さを与え、ヤン・ブリューゲルの緻密な筆遣いは、動植物の細部を際立たせています。両者の画風の違いは、この作品に独特の魅力をもたらしています。

構図を担当したのはヤン・ブリューゲルで、ルーベンスがアダムとイヴ、知恵の木などを薄い絵具で描いた後、ヤン・ブリューゲルが動植物を精密に塗り重ねました。赤外線カメラによる科学的な調査によって、ヤン・ブリューゲルの下絵には、吠える犬や孔雀の足、木の枝などに変更が加えられていることが判明しています。一方、ルーベンスの担当部分には下絵が見られないことから、直接描いたと考えられています。

動物たちの描写と象徴

ヤン・ブリューゲルの動物描写は、実物を観察した上で描いたことを示しています。彼は、スペイン領ネーデルラント総督アルブレヒト・フォン・エスターライヒの宮廷で、珍しい動物や鳥をスケッチする機会を得ていました。実際に、ヤン・ブリューゲルの動物の習作の中には、本作品に描かれている動物と関連性が指摘されているものもあります。例えば、アダムの背後に座ってリンゴをかじっているサルや、イヴの足にすり寄る猫は、美術史美術館所蔵の習作を基に描かれているとされています。

さらに、動物や植物の描写には象徴的な意味も込められています。リンゴをかじるサルは、人間の罪深さを象徴し、堕落を予告する意味合いがあります。オウムは「エヴァ（イヴ）-アヴェ」と聞こえる鳴き声から聖母マリアの象徴として、またアダムの頭上のブドウは、キリストの血を象徴しており、人類の罪が贖われることを暗示しています。

来歴と現在

この絵画は、18世紀には経済学者ピーテル・デ・ラ・クールのコレクションにありましたが、後にオラニエ公ウィレム5世が購入しました。しかし、フランス革命戦争でネーデルラントがフランスに占領されると、絵画はパリに運ばれ、一時はルーヴル美術館に所蔵されました。ナポレオン退位後、絵画は返還され、現在はデン・ハーグのマウリッツハイス美術館に収蔵されています。

『人間の堕落のあるエデンの園』は、ルーベンスとヤン・ブリューゲルの卓越した才能が融合した傑作です。聖書の物語を背景に、楽園の美しさと堕落の瞬間を描き出したこの作品は、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

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