人間万事金世中

人間万事金世中：明治の横浜を描いた金と人間の喜劇

『人間万事金世中』は、明治12年（1879年）に東京新富座で初演された河竹黙阿弥作の歌舞伎作品です。全二幕からなるこの演目は、開国後の横浜を舞台に、金銭が人間関係に及ぼす影響を痛快に描いた喜劇です。原作は、イギリスの小説家エドワード・ブルワー＝リットンによる戯曲『マネー』で、黙阿弥による見事な翻案が光ります。

第一幕：金銭の魔力と人間の弱さ

物語は、横浜で貿易商を営む辺見勢左衛門とその妻おらん、そして勢左衛門の甥である恵府林之助の生活から始まります。林之助は貧しく、叔父夫婦からは丁稚同然に扱われています。勢左衛門夫妻は金に執着し、他人を冷酷に利用する人物として描かれています。林之助の乳母の孫、千之助が窮状を訴え、林之助は金を貸してほしいと叔父夫婦に頼みますが、あっさり断られます。親類にも頼りますが、皆林之助を冷たくあしらうばかりです。

そんな中、勢左衛門らには長崎に住む大金持ちの親類が亡くなったとの知らせが届き、莫大な遺産を期待して遺言状を開封します。しかし、遺言状の内容は予想外のものでした。勢左衛門にはわずかな金、林之助にはなんと二万円という大金が遺贈されていたのです。一方、叔父夫婦から酷い扱いを受けていた勢左衛門の姪、おくらには百円が遺贈されます。

第一幕のクライマックスは、林之助が、金銭の力によって窮状を脱する場面です。貧困の中で、人間の心の醜さと、金銭の力が人々の行動をどのように変えるのかが描かれています。貧しい者への冷酷さと、金銭への執着が、登場人物たちの行動を規定する重要な要素となっています。

第二幕：新たな試練と真の友情

第二幕では、林之助は二万円の遺産を元に瀬戸物商を始めます。成功をおさめ、かつての冷酷な親類たちが、林之助の財産を狙って近づいてきます。しかし、林之助の父親の借金問題が発覚し、再び窮地に陥ります。林之助は店と残りの財産を差し出して借金を返済します。

窮地に陥った林之助を助けたのは、おくらでした。おくらは、林之助が知らぬ間に乳母の孫に金を贈っていた人物で、その優しさに林之助は深く感謝します。そして、林之助はすべてを偽装した策略だったことを明かし、親類たちの本性を暴きます。

金と人間性、そして「開化」

『人間万事金世中』は、単なる金銭劇ではありません。明治時代の「開化」という時代背景を反映し、急速な社会変化の中で、人々の価値観や人間関係がどのように変化していくのかを描いています。金銭の魔力に翻弄される人間模様を通して、人間の弱さや強さ、そして真の友情の尊さを問いかける作品です。

また、この作品は、当時流行していた西洋の戯曲を巧みに日本風にアレンジした翻案劇でもあります。原作の雰囲気を保ちつつ、日本の歌舞伎の要素を取り入れ、日本の観客に受け入れられる作品に仕上げています。初演時には、役者たちの熱演も相まって大成功を収めました。

主要登場人物

恵府林之助：主人公。貧しいながらも誠実な青年。
辺見勢左衛門：林之助の叔父。金に汚い、冷酷な貿易商。
おらん：勢左衛門の妻。夫同様、金銭に執着する。
おくら：勢左衛門の姪。優しく思いやりのある女性。
毛織五郎右衛門：林之助の親類。林之助を助ける。
寿無田宇津蔵：林之助の父親から金を貸していた男。

『人間万事金世中』は、明治時代の社会風俗や人々の価値観を反映した、時代を超えて楽しめる傑作です。金銭と人間の関係、そして友情や愛情を描いた、奥深い人間ドラマをぜひ味わってみてください。

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